更に優れたことを期待する

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ここ数日 少し調子が悪かったのですが

大きな打ち破りがある時は
悪い方へと引き戻そうとする力が
働くことがあるので それだろうなと
自分の目を神様の方へと向けることを
強く意識して過ごしていました

今 絵を世に送り出す形にしていますが
絵を描くことに対する攻撃は
実は今に始まったことではなく

クリスチャンになる前
神様の守りに入る前は
絵を描こうとする時に本当に
大きな邪魔が入り

その度に 絵は老後の楽しみとして
今は止めておこうと諦めていました

しかし 実はその攻撃は敵のもので
屈する必要はないとわかったので
神様の方だけを見ようとしているわけです

正直言うと もし絵を描くことに
自分なりにでも思いや信念があるなら
自分の信仰で戦おうとするところですが

私にとって絵というものは
自分のためのものではないと
実感するところがあるので

これを神様以外の者に
捧げることは出来ない
他のものに転換してしまうわけにいかない
という思いだけが漠然とあるだけで

自分自身でどう扱えばいいのか
よくわかっていませんでした

しかし ひとつだけとても強く
与えられている思いがあります

それはE3の帰りの飛行機の中で
神様が語られたことでもあるのですが

絵は 私にとっての賛美の手段なのです

絵で神様を賛美することが
最終的に私の願うところであり
人のために描くよりも先に
神様のために描きたいわけです

ですが 人のために描くことは
経験があるのでイメージが出来ますが
神様のために描くというのは
全くイメージが出来ませんでした

イメージは出来ないながら
描きたいものがあるのです と
神様に祈りました

祈るべきことがそれでいいのかも
よくわからず

その祈りは 心の底から
絞り出すような
呻くような祈りとなりました

すると イエスさまが
あることを教えてくださいました

それは イエスさまはもう既に
ご自身のやるべきことを
十字架の上で為し遂げられたということ

そして 今は私たちと一緒に
事を為してくださっているということ

それは 私たちひとりひとりを
育てて建て上げることでもあるし
私たちを通して イエスさまが
為されたことより優れたことが
起きるためでもあるということ

イエスさまは 神様のご栄光を
現すために全てを注ぎだしたのであり
私たちにも同じ思いでいて欲しいということ

イエスさまを賛美することではなく
イエスさまと一緒に父なる神の栄光を
現すものとして成長して欲しいということ

イエスさまと一緒に
為して欲しいということでした

イエスさまは 全ての人のために死なれ
全ての人はイエスさまにあって
命を得る約束を頂いています

その命を イエスさまと一緒に
運んでいくのです

私たちが救われたり
癒しが起きることは
ただイエスさまの為されたことの
素晴らしさによるのですが

イエスさまの栄光ではなく
神様の栄光が現れることを
イエスさまと一緒に祈るのです

自分自身が救われたことを
証する という段階から
一歩奥 神様と共に歩く道へ
導かれているように感じました

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