赦しを心から受け入れる

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神の通訳者(昨日の日記参照)を読んでいて

特に大切なポイントだと感じたのは
「愛に権威がある」ということでした

クリスチャンになるよりも前から
愛には影響力がある と
感じてはいましたが
それこそが権威であると
理解することが出来ました

権威があると 人を良い方へと
導くことが出来ますが

しかし 権威ある人が間違えると
どんなにそこに愛があっても
人を間違いへと導いてしまいます

私は子どもの頃からずっと
そのことに対する強い責任感がありました

そして その責任を背負うのは
人には絶対に無理だから
神様のみ思いを知りたいと
願い続けて今に至ります

しかしその一方で
愛を語りながら人を支配しようと
間違えを間違えだとも悟らずに
近付いてくる人がいることについて

あれはどういうことなのかなぁと
思い巡らしていました

すると 神様がこの件について
あることを示してくださいました

ひとつは 心の傷と恐れにより
自分を権威者としたいもの

もうひとつは 高慢により
自分を権威者としたいもの

その2つを見分ける必要がある

恐れる者に必要なことは
戒めではなく癒しであり

高慢な者に必要なことは
癒しではなく訓戒である

聖書を見ていると その事が
どういう意味であるのかわかります

パウロは光に打たれましたが
同胞に対して厳しい態度でした

反面 異邦人に対しては
赤ちゃんを養うかのような
愛情を注いでいたことがわかります

またイエスさまも 社会的に
嫌われているような人に対しては
愛を注ぎ友となりましたが
高慢な人たちには戒めの言葉を
強い口調で語りましたし

とてもわかりにくい教えを
詳細に説明することなく突き放し
へりくだった者だけが
真理を知ることが出来ました

その上で

神様は私のことを 赤ちゃんのように
見ているのだということを感じました

自分が それが悪だと知らずに
過去にしてしまった悪いことを
自分の責任のように思わず
赦されたことを受け入れて欲しいと
促されていることを感じました

そして 自分の中にあった
罪悪感を全てイエスさまに
明け渡す祈りをしたのですが

悔い改めとは 罪の告白ではなく
赦しを受け入れる宣言なんだな

と感じました

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