神様の御心というパン

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今日は 朝から何となく満たされない思いがありました

物質的なことを言うと 周りの人へと流せるほどの
たくさんのみ恵みを頂いていますし
愛されているという意味でも
とてつもなく充実していて
日々感謝と賛美で満たされています

ところが 今日に限って原因不明の
虚しさが襲ってきたのです

これは何だろう と神様に
理由を求める祈りをしていました

すると突然 母に対して
神様の子になって 神様の子として
何の不安もなくただ喜んで生きて欲しい
失われないで欲しい という思いが襲ってきました

もしかしたら 母が若いころに
折に触れてキリスト教からのみ恵みを
受けていたということを
告白してくれたからかもしれません

それは自分の思いではないようでした

この子は 神様の子として生きるべき人だ
という とても澄んだ光のような愛でした

神様の子になって 御国で再び出逢う時には
友達のように一緒に遊びたいと思いました

今思い出しても涙が出ますが
今までの 神様に立ち返って欲しいとか
神様を信じて欲しいとかいう思いではなく

ただ 光の子としての身分を受けて
自分が神様に愛された子であるということを知り
神様の愛の中に生きて欲しいという感覚でした

神様は 私の思いはご存知だし
必ず成し遂げてくださると祈りました
ですがこれはむしろ 私の祈りというより
神様の祈りのようにも感じました

祈り終わった後
これはりゅうくんのおばあちゃんにも
同じ祈りをしなくてはなぁ と感じました

祈り終わると 1日感じていた虚しさは
既に消えていました

思いが与えられてから
私が感じていた満たされない思いは

イエスさまがサマリヤの女に出逢った時に仰った
「あなた方の知らない食べ物」を渇望する
思いだったんだなぁと思いました

ヨハネの福音書 4章34節
イエスは彼らに言われた。

わたしを遣わした方のみこころを行ない、
そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。

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