神様という堅い岩の上に立つ

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今日は 雪のため会社がお休みになり
昨日に引き続き 片付けに掃除にと
家のことをゆっくりすることが出来ました

その後 気になっていた調べものや
スケジューラや賛美歌の整理も出来て
とても充実した時間を過ごせました

食事についても 神様と対話しながら
メニューを考えるので とても楽しく
本当に幸せだなと思いました

夕食を終えた後 QTをしたのですが
今までとまた違った雰囲気の
ビジョンを見せられました

意識を神様の方に向けると
イエスさまが奥まった部屋に
私を招き入れ 後ろの扉を閉められました

そして ナルドの香りが漂ってきて
溶岩のような壮絶な流れが
通り過ぎていったかと思うと

人々の営みの中に笑顔が訪れ
愚かなものや子どもたちを教えて立てあげ
召しに生きるようにと導いていく

そんな普通の営みの中に
神様への賛美がいつもある
そんな風景を見せられました

そして イエスさまは
こう語られました

愛する澄子
あなたたちに用意された幸せな人生
それは父が用意したものであって
クリスチャンはどう生きなければ
いけないだとか 神様のために
あれをしなくちゃこれをしなくちゃ
というようなものには耳を貸してはいけないよ

あなたはあなたに父が用意したものを
生きることで 父は栄光を受けられるのだから

今日のQT箇所は正に
そのような内容の箇所でした

コロサイ人への手紙2章8節
あのむなしい、だましごとの
哲学によってだれのとりこにも
ならぬよう、注意しなさい。
それは人の言い伝えによるもの、
この世の幼稚な教えによるものであって、
キリストによるものではありません

この他にも新約聖書には
人は人の力によっては律法を全う出来ず

神様は イエスさまのあがないと
死と復活を信じるものを
ご自身の子としてくたさると
定められたことを強調しています

律法を守らなくていいという意味ではなく
人の努力により律法を守ろうとして
心が神様から離れているものを
神様は 断罪されたのです

私は律法を全て守っていると
自分を誇るものを嫌われ

私には律法を守ることは出来ず
イエスさまが私の罪を全て
背負ったくださったことだけが
私の救いだと宣言するものを
受け入れてくださるのです

神様のために と
自分達の思いであれこれする人や
人が神様のためにやっていることに
惑わされてはいけない と
神様は示してくださったのです

それは 人が自分勝手にやることで
ある意味 罪であるわけです

勿論 イエスさまはそういう罪も
背負ってくださったので
罪の中にいる人を責める必要はありません

しかし 神様は私たち一人ひとりのために
道を用意してくださっており
本人がその道を歩くことでしか
神様の栄光は現れません

その道は 自分以外の人が歩いても
神様の栄光は現れないのです

巻き込まれるな という中には
思うところがたくさんあります

敢えて詳細は書きませんが
今 そのような喧騒から離れて
静かなところで 神様が私たちのために
用意してくださった道をしっかり
歩いていけることに感謝をします

この示しを受けた後
りゅうくんが神様から
ひとつの物語を受け取りました

その内容はここでは書きませんが
添えられていた聖句はこれでした

テモテへの手紙第二1章
4節
私は、あなたの涙を覚えているので、
あなたに会って、喜びに満たされたいと
願っています。

6節
それですから、私はあなたに注意したいのです。
私の按手をもってあなたのうちに与えられた
神の賜物を、再び燃え立たせてください。

静かなところで 神様のためだけに
賜物を用いること

あらゆる人の競争心や欲望から
切り離されたところで
ただ 静かに神様との時間を過ごし
神様がやりなさいと仰ることを
形にしていく
そんな時期が来たことを感じます

実は 今までの私は
根拠はどうであれ神様のために と
頑張る人は偉いと思っていたのですが
神様は はっきりとそれにNoを
仰有っているのだなと感じました

勿論 それはそれで益であると
パウロは言っていますが
だからと言って 彼らに同調して
同じようであれとは
神様は決して言わないのです

心がよこしまなものであっても
神様は用いて益にすることが
出来るというだけであって
そのようなものになってほしいとは
神様は断じて言うことはないのです

自分の思いを悔い改め
堅い岩の上に立っていたいと思います

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