全き愛には恐れがない

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今日は りゅうくんが仕事だったので
お昼に一人で家で食事をしていると
りゅうくんの席にイエスさまが
座っていらっしゃいました

神様はよく見るのですが
イエスさまのことは
背中に感じて一緒にいる感じはすれど
姿を見ることは滅多にないので
思わず二度見をしてしまいました

すると イエスさまは
一人にしないよ

と仰いました

今日は 丁度月のものがあったり
寒かったりしたこともあって
食事をする気になれなかったのですが

しかし 夜に自転車で礼拝に
行くつもりだったので
食べておかないと絶対に
後悔すると思い食べていたところでした

以前 一人で留守番をしている時にも
何が原因だったのかは忘れましたが
食事が喉を通らなくなったことがありました

その時 りゅうくんに
一人じゃないよ
イエスさまも神様も聖霊さまもいるよ
と 励まされたのですが

今日 イエスさまが仰られたのは
もっと深い意味かなぁと思いつつ
神様は 私を一人にはされないと
決めてくださっているのだと
心に平安を頂きました

夜になり 礼拝に行きましたが
クリスマスの直前だったので
礼拝後に 賛美歌の練習があり
少しだけ聞くことが出来ました

りゅうくんはとても嬉しかったようで
いつまでも帰りたくなさそうでした

名残惜しい中での帰り道で ふと
愛は完全であり 恐れを締め出す
という思いが与えられました

ヨハネの手紙第一4章48の
全き愛は恐れを締め出します
という聖句です

不完全な人を愛そうとするときに
誤解させてしまうのではないかとか
色々と思い巡らしてしまいますが

しかし 報いてくださる方も
裁く方も神様であって
私たちはただ人に遣える者として
やるべきことをやればいい

私たちがジャッジしたり
裁いたりすることはない
ということであり

その様に全てを信じ切ることは
とても勇気がいることであるけど
全き愛の中では何も思い煩う必要は
ないのだという思いが与えられました

そんな満たしの中 近所のスーパーに行くと
昨日りゅうくんが買えなかった品が
2割引になっていました

支払い方を間違えて買えなかったと
聞いた時は どうしてそうなるんだと
呆れてしまっていたのですが

買うタイミングは昨日ではなく
今日だったのです

人の失敗をも神様が用いられるので
何かをやらかした時に 人の思いで
裁いてはいけないと反省しました

また 最近ちょっと気になっていた
ある出来事についても
気にしなくて良いんだなと
平安を頂きました

心配は罪よ というのは
愛子ホーマン博士の言葉ですが
思い煩いも罪だな と思いました

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