思いの制限を外す

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以前からあったことなのですが
とても良い道に進むときには
なんとなく恐れや不安を感じます

今になって思えば 良い道へと
行かせたくない敵の仕業かもしれませんが
クリスチャンになった今では
心の中心には神様の平安があるので

平安がありつつも外から
恐れが投げ込まれると感じたなら
敵に対して 出ていけと言えば
平安だけが残ります

昨日 古本を処分することにより
霊的な大掃除があったことを書きましたが

実はその後に 本当にビジョンで
物凄いたくさんの変なものを感じ
全て消え去るまで 祈り続けました

その時に感じたのは 翌日の
りゅうくんの面接の前に
余計な邪魔を全て排除している
ということでした

そしてそこには 私自身の
余計な心配も含まれていることを
自覚していました

これは神様から示されたのですが
りゅうくんは不安を感じると
どうしても目に見えるものに頼り勝ちで
本当に不安だと 神様よりも
私に頼ってしまうところがあります

しかも 私に対する思いが強くて
私の通った道を自分も体験したい
自分も知りたいという気持ちが強い

だから 私が自分の思いで話してしまうと
りゅうくんはそれに従ってしまうのです

なので 自分の思いや心配によって
りゅうくんに対して発言しないように
物凄い注意するようになったので
それはそれで私の訓練ではありましたが

しかし 神様を見ずに私を見るなら
それは私を偶像化していることになる
それをどうにか打破しなければいけない
というのは結構切実な悩みでした

ですが昨日 私が3歳から20歳まで
育った家を案内したり
クリスチャンになるきっかけとなった
私の幼馴染みの家を案内しました

既に私が産まれた場所や
2歳までを過ごした場所は
案内してあったので
今のりゅうくんの年頃まで
私が過ごした場所は全て
案内したことになりますが

その事で りゅうくんの中に
ひとつの満足があったように感じました

そして今日の面接です

何故か私まで面接に
同席することになりましたが

そのお陰で 社長さんと秘書さん(奥様?)が
私たちの関係や状況を理解してくださり

りゅうくんのことを 男性として
一家の大黒柱として頑張ろうね
でもあなたのようなタイプが
うちには多いから安心して と
励ましてくれたのです

今までは 一緒にいたのが母を含め
女性が多かったこともあり
私の立場に寄った意見でりゅうくんに
あれこれ言う人が多かったのですが

物凄くフェアに 客観的に
りゅうくんを見て そして
りゅうくんを選んでくれました

勿論 まずは試用期間(お試し)から始めて
お互い納得出来れば採用となるわけですが

何かに属したものとしてではなく
一人の人として立てる場所でなければ
誰かに責任を擦り付けてしまいます

そういった一切がないところで
経験が積めることは
とても重要なことであると思うのです

そして夜 神様は
私に対してもこんなことを
示してくださいました

愛する澄子 あなたに現す私の栄光は
あなたが伏し拝むような気持ちになる程に
驚きと喜びがなくてはならない

確かに聖書に証はあるし
他の人が様々に証をする
しかしあなたを通して現す栄光が
あなたを満たすものでなくては
あなたは証出来ないではないか

もっと期待しなさい 人が言うことや
聖書に沿うかどうかに
こだわりすぎないように

それはひとつの考え方ではあるが
しかし私はそんなものに
制限されるものではないよ

私はあなたをよく知っている
あなた以上に

これは 勿論私に対して個人的に
語られたレーマですが しかし同時に
りゅうくんに語られたものでしょう

私はりゅうくんを助けるものですが
しかし りゅうくんのためにではなく
神様のために生きるものです

そしてそれは りゅうくんも同じであり
私のためにではなく
神様のために生きるものです

夫婦として 同じ約束を持ちますが
しかし 与えられるものも
用いられる方法も個人的なのです

自分自身のことも神様のことも
聖書をはじめとした自分の知る範囲に
収めることは出来ません

誠実で忠実で義なる神様は
必ずご自身がされた約束を守られます

なので私は 一切の制限をかけることなく
もっともっと神様に期待したいと思います

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