心の中心

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ふと 聖書のある箇所が心に示されました
それは エリヤの時代にツァラアトになり
ヨルダン川に7回入れと言われた
ナアマン将軍の話のところです

ナアマン将軍は 他国の将軍で
自国にいる時は 王が偶像のために
捧げ物をしたりするのを助けなければならない

しかし 真の神の話を聞いたときに
真の神に対する期待を持ち
そして 自分のプライドを良い部下たちに
助けられながら捨てることが出来て
神の栄光の器となることが出来ました

きっと 国に帰り また偶像に仕える
仕事をしなければならなかったとしても
真の神はただお一人だと思い続けたでしょう

この聖書箇所を思い出した時に
アブラハムも偶像を作る家に産まれ
父の家を離れよとの啓示を受けて
旅立ったことを思い出しました

クリスチャンになった時 神様から
父の家を離れよと何度も示されました

しかしよく考えると
結婚についての記述も聖書には
親から離れる と書いてあるのです

離婚の時にも千葉を離れるときも感じましたが
誰の霊的権威の下にいるかというのは
本当に 物凄く大きなことであると学びました

今も りゅうくんの無意識の思いに
物凄く霊的な影響があることを感じます

私自身にとっては過去の清算でも
りゅうくんにとっては進行形であり
経験であり その経験というのは
どんな状況であっても神様を
見つめ続ける集中力の訓練であり

そして 試験なのです

前の時は そのことが明確にわかりました
試験に合格をすると次に進めたからです

前に少し書いたかもしれませんが

神様 私はこの状況下でどう考えて
どう行動し 何を学ぶことが
あなたの御心を一番喜ばせるでしょうか

いつもいつも その事を祈る
その問いに神様からの答えはありません
何故なら神様は私たちのことを
奴隷のようには扱われないから

しかし 答えがないことの中に神様との関係を
感じ取ることは充分可能であるわけです

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