今日ある労苦

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地の良き管理者であるためには
自分がどの領域を任されているのか
正しく知る必要があります

しかし 神様とその人との関係というのは
自由意思によるものであり

人が 神様ではなく自分自身を選ぶなら
任された領域は管理者を失います

神様の娘としていただいた今
過去に思ったことと同じ感想を抱いても
全く心の状態が違うのですが

自分勝手に肉に生きる生き方というのは
見ていて痛々しさすら感じるものです

滅びても良いから好きに生きたいと
体に悪いことを止めない人に対し
神様は 少し離れたところで
ご覧になっていることを感じます

私の言葉を聞き 命を受けよ

それが 神様のメッセージです
神様は 人に命を与えて祝福をしたいのに
人の方が神様を拒否しているわけです

イエスさまは 聞く耳がある人は
聞きなさいと言われました

全員が聞けるものではないということです
自分勝手に生きることよりも
神様の命が欲しいと思うことは
間違えなく賜物であり 人の知恵ではありません

今日 ひとつの私たちを縛るものが崩されました
この鎖を断ち切ることがひとつの
目的だったのだろうなと感じました

ここに来る前に 祈っていた事柄があり
それは恐らく実現するだろうと思いつつ
まだそれは形になっていません

今は 霊的・物理的な大掃除に加えて
過去に起きたことの解き明かしが
日々起きているような状況ですが

それが片付く時には
次の課題へとステージが移ります

目の前で何が起きているのかは
勿論わかりますし

私が何から解放されているのかも
わかるので 必要な過程ではあるのですが

過去の清算や大掃除というのは
勿論 必要で大切なことなのだけど
正直言って とっても退屈です

しかし 次に期待しつつ今を過ごせる
そのことには本当に感謝ですし

感謝をするときに与えられる
喜びと平安があるからこそ
幸せに生きることが出来るのです

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