何の近くにいたいのか

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私が何となく感じていながらも
これは口に出して言うべきではないな
と思っていたことを 神様は
明確に声に出して祈りとしなさいと示されました

祈り始めると 自分が思っていたことと
全く違う思いが祈りの言葉として与えられました

神様は どんな小さな事柄にでも
光を当てられるのだと思いました

今日 りゅうくんと話をしている時に
ふと 神様がこのようなことを語られました

御国に入るもの全員が御国を相続するのではない
御国に入るだけのものと 相続し管理するものがいる

それを聞いた時 ルカの福音書に出てくる
いくつかの例え話を思い出しました

放蕩息子にしろ 不正な管理人にしろ
神様はあることを条件に救われます

放蕩息子は神の国には入れますが
相続をするのは ずっと父親と一緒に居た兄です

不正な管理人は 雇い主からは追い出されますが
他の相続をする人々の家に招いて貰えます

恵みは受けるけれども相続はしないのです

相続するものには 忠実さと
管理責任が求められますので

人によっては 相続も管理もしたくない
恵みを与えられるだけの方が良いという人も
中にはいるかもしれないと感じます

神様は良い者にも悪い者にも
み恵みを注がれると聖書には書いてある

しかし 神様から離れたいと思うか
神様の近くに居たいと思うかという
距離においては 全ての人が同じではありません

荒野において元奴隷だったイスラエル人は
神様の近くに行き死ぬと困るので行かない
神様の言うことは何でも守るから離れてくれと言いました

ダビデは 私は罪深いものですが
どうか私を聖めてあなたの家においてくださいと祈りました

神様を求める人 求めない人がいます
どんな人にも神様の恵みは注がれます

しかし神様との関係は人によるのです

神から離れ 人のやり方で生きようとする人が
神様の愛に立ち返ることが出来ますように祈ります

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