神の家族

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今日 色々なことがあった中でふと
QT箇所にあったこの聖句が自分の中に
飛び込んできました

第一コリント人への手紙1章17節
キリストが私をお遣わしになったのは、
バプテスマを授けさせるためではなく、
福音を宣べ伝えさせるためです。

聖書の中で イエスさまや使徒たちが
特別に人を選び奇跡を起こされることがありました

その中でも サマリヤの女は特に有名です
彼女は人に会いたくなくて昼間に井戸に来ていたのに
町に行き みんなをイエスさまのところへ連れて来ました

また悪霊の集団に取り憑かれていた人は
解放されてイエスさまについて行きたいと言っても
それを赦されず 神様が為さってくださったことを
故郷の人に証するようにと言われました

勿論 イエスさまは憐みを持って
必要がある人に癒しや解放を与えられましたが

イエスさまの公生涯に限定せず
聖書全体を通して語られていることの
一番の目的は 人々が主の御名を賛美することであると
最近ひしひしと感じています

イエスさまが為された贖いの素晴らしさを見て
人々が 神様の素晴らしさを知ることが目的であって

御国の大使として遣わされる時 私たちがすることは
ボランティア活動ではありません

神様がどれ程に あなたを愛していて
どれ程に あなたに心を注いでいて
どれ程に あなたからの賛美を望んでいるか

それを伝えに行くのが私たちの仕事であり
人々の必要を満たしに行くのではありません

それを為さるのは神様であって
私たちの仕事ではないのです

奇跡を体験した人の周りには
きっと 奇跡が伝播していったことでしょう

イエスさまの証人となる人は誰でも
そのような出来事を体験するはずです

勿論 神様が人の必要を満たすために
私たちを用いることはありますが
その原資は神様から出たものであって
自分たちが自分たちの努力で得たものではありません

もし自分の努力で得たものを施すのであれば
自分の栄光が現れてしまいます

神様はそのようなことは決してされないはずです

人のために
神様のために

自己義の話でも書きましたが
ここは案外 落とし穴が存在しているところです

神様を求め 神様に心を寄せることに
優る賜物はありません

愛している人に用いられたいと渇望する思いを
知ることが出来るのは幸いなことです

それほどまでに愛することが出来る
そのこと自体が幸せなことだと思います

自分自身の満たしのために
福音があるわけではありません

私たちは 神様を賛美することで
暗闇の力を祝福の光で追い払うことが出来る

それは 全地が真の創造主の愛と憐れみとに
心の目を開かせるために大切な事柄ですが
その目的は 共に神を賛美するためです

神様に良くして頂いたことを
互いに伝え合うことが出来ることは幸いです

互いのために心から祈れることは
とても幸いなことです

神様の素晴らしさを伝えた時
わかってくれる人がいることは幸せです

神の家族というのは
そういう存在であると思います

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