神様の目線で人を見る

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今日は 神様の示しというよりは
話題に上がったこと なのですが

自分の尊厳を守れないものは
人の尊厳も守ることが出来ない

自分が愛された分しか
人を愛することは出来ないので

神様が自分自身をどのように造られて
どのように愛してくださり
どういう方向に導いておられるかを
知らなければ

人に対して 神様がその人をどのように造られ
どのように愛してくださっていて
どういう方向に導いておられるか

「神様の目線」でその人を見ることは出来ません

このことは何も 教会での出来事に
限定したことではありません

それは 家庭であれば子育て
会社であれば人材育成
地域や友人たちとの交わりの中でも
「神様の目線」でリードすることは可能です

復活のイエスさまが天に上がられる時
福音を伝え 弟子を育てるようにと
言い残していかれたので
私たちには弟子を育てるという使命がありますが

教会で教役者 リーダーをする人や
教育の仕事をしようとするなら勿論ですし
親となり 子どもを育てる場合でも
この目線はすごく大切であると思います

また 悩んでいる人にアドバイスをしたり
励ましたりする場合でもこの目線は大事です

人との関りを持つ中で
この目線を知らずに何かを一緒にやることは
行き違いやミスリードを生じさせるかもしれない

また一致 というものを考える時にも
神様が自分自身にどのように造られて
どんな召しをくださろうとしているのかを
知ることはとても大事です

神様が自分自身に与えられた
アイデンティティを掴んでいるなら
互いに支え合うことは可能になります

それは 人から学ぶものではありません
神様の啓示から学ぶものです

レーマを求める という話題が続いていますが
ここにこそ 人による悟りではなく
レーマを求めて生きたいところだと感じます

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