神様は頼り切るのに相応しい方

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今日の日記はシンプルに

神様により頼むと言ったって
努力はしないと という声を聴くのですが

人の努力は虚しい結果しか招きません

そもそもで 神様により頼むときに
しなければいけない努力というのは
とても自分では無理だとわかりきっていることを
神様に示された時に立ち向かうという努力であり

人が自分でやる低い努力というのは
ちょっと頑張れば届くぐらいのことですが
神様から求められるチャレンジというのは
そういうのを遥かに超えているのです

にも拘らず 神様に忠実であれば
超奇跡的な力が働いていることを感じながら
想像を遥かに超えたレベルの実りが得られます

そこに 神様の栄光が現れるのです

自分が努力して結果が出るだけだと
自分を誇るようになる ということが
聖書には書いてあります

神様と一緒にやることは
非常識で楽しいですが
人間的な努力というのは まるで
苦行でもやってるんじゃないかというような
ストイックさがあり そこには
魅力も面白みの欠片もありません

逆を言うなら 神様のなさることに
つまらないことなど一つもありません

敵は 聖書ですら用いて誘惑をしてきます
聖書的であれば全てが神から出たものではありません

敵がやっているのか 神様がやっているのか
その見極めはとても大切です

では その見極めはどうやってするのかと言えば

普段から神様と仲良くしていれば
それが神様から出たものであるかどうかは
すぐにわかるのです

ということは 見極めるために大切なことは
神様との親密な関係だと言えます

その関係が出来ていないと
神様を信じているつもりで
変なところへと連れていかれるのです

先日 面白いビジョンを見ました

少し休みたいと思った時に
コーヒーを入れるべきか紅茶にするか悩み

神様はどっちかなーと思ったら
どうもコーヒーを飲んでいるように感じたので
コーヒーを淹れようと思ったのです

すると ビジョンの中にいた全ての存在
神様やみ使いたちが 全員で
違う違う 紅茶だよー

と 教えてくれたのです

その時に ああ 間違えてもきちんと
教えてくださるんだ とわかりました

間違えないようにしなければ と
努力しなくてていいんだ とわかりました

自分の心をいつもクリアにして
神様だけにチューニングを合わせていれば
ノイズを拾うことがない

ということはわかっていましたが
神様は 間違えたとしても
きちんと示してくださるのです

ちょっと疲れている時に
ずれてしまうことがあっても
神様により修正して頂ける

自分の努力に頼っていたら
この事には気付けません

神様を信頼しより頼む
この事に勝る安心感はありません

神様だけが 頼りきるのに相応しい方なのです

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