祝福の種

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先日「神様が祝福してくださるように
自分のことも祝福する」ということを書きましたが
与えられた仕事を祝福する参照)

早速 その祝福が種となって撒かれていくことを
目の当たりにすることになりました

具体的に何があったかは書きませんが
自分が心を決めた途端に
神様は 私をそこへと運んで行かれたのでした

私に与えられた一番大きな祝福のひとつは
今の結婚であると思います

聖書には 女は教会で余計なおしゃべりをせず
わからないことがあったら家に帰って
男から聞きなさい とまで書いてあります

クリスチャンになった当時 私には
そのように教えてくれる男性がいませんでした
それで私は 神様に祈り求めたのです

神様に一緒に用いられるための
パートナーとしての夫をください

不義により招いたゴミを流してくるような権威を
誘惑されて敵に力を持たせるような権威を
私の上に置かないでください

私はお金のために妥協して
働くことはしたくありません
神様のためだけにしか働きたくありません

神様の義に遣えていれば
必要も欲しいものも全て与えられるという
み言葉を信じます

そのように祈り
そのようになりました

当時の状況や 今までの経緯は抜きにして
本当に 全てが祈った通りになりました

あまりにも望んだ通りになりすぎて
自分の強欲さを恥じた時期すらありました

しかし 神様が与えられるみ恵みを
無碍にするものは「俗悪」であると
聖書に書いてある通り

恵みが大きすぎることを恥じる気持ちは
「俗」が与える間違えた価値観であると
自分に言い聞かせてその思いを乗り越えました

最も 神様のことを男から聞きなさい の部分は
必ずしも私がイメージした通りではなかったです
私に担われた部分もありましたし
男であるりゅうくんに担われた部分もありました

イメージ通りでなかったことと言えば

私が祈りもしなかった
自分が望んでいることも知らなかったような
欲しかった全てのものが与えられましたし

過去は欲しいと思ったこともあったけれど
こんなのはもういらない と思ったものさえ
神様は わたしは与えたいから受け取るようにと
謙遜に与えてくださいました

神様は み恵みを与えるにも謙遜な方です
ですから 与えてやっているんだというような
高慢な態度を取ってくるものは全て
神様から出ていないと分かります

更に 過去に失ったと思ったものも
全部神様は取り戻してくださっていて
まだそれは進行中です

私が整えられなければ受け取れないものもあるし
時期的な問題でまだ受け取れないものもあります

与えられることはもう約束されているけれど
まだ受け取れていないものがたくさんあり

私には それを奪われないように
神様の助けを求めることをひっくるめて
管理をしていく責任があります

敵が奪うための常套手段は
嘘や脅迫や人の弱さを攻撃することで
心配や疑いを持たせることだと思いますが

神様だけを見せて下さい!と祈っていれば

もし心配をしようものなら 神様が
何で私を信じてくれないの?と
夢に出てきて下さるので心配も出来なくなります

欲しいからとあれこれ策を練る必要はありません
むしろ そんなことをすれば全てが台無しになる
下心 欲というのは大変危険です

神様に全てお任せして手放して
聖く保たれることを祈りながら
時が来るのを楽しみに待つだけで良いのです

自分を神様の花嫁として相応しいものに
建て上げていく それが花嫁としての努めです

湧き出る思いを自分自身で制御しても
それはただの偽善です
それは神の御国のやり方ではありません

自制 自己義に頼るのではなく
思いを根っこから変えなければいけない

思いの根に触れなければならず
時には葛藤することもありますが

思いを手放せない原因を神様に委ねて
私の心を変えてください!と叫びます

そうすれば 数日後には余計な思いは消えて
心からの喜びへと変えられています

心から望み 祈ることさえすれば
与えられることをいつも体験しています

心から望んでいないのに口だけで祈っても
与えられないことも知っています

花嫁が一番求めなければいけないのは
花婿の愛であり 花婿が全てをしてくれるという
信頼であり 期待感です 花婿との愛の絆は
そういった姿勢によって育くまれると思います

花婿が遅いからと言って他を探すようなことや
いつ来るか解らない花婿なんて頼れないと
自分でやってしまっては駄目なのです

勿論 花嫁としてやるべきことは与えられますが
その与えられることからは耳を塞いで
自分がやりたいようにするなら関係性が壊れます

花嫁としての相応しい行動は何か
どうしたら花婿を喜ばせることが出来るかと
考えて行動すること自体は喜ばれますが

まだ来ない人を頼ってられない と
頑張ってしまうことは問題であり
目の前に居るのに無視している可能性が高いのです

ともあれ そういったことを乗り越えて

全てが整っていき 思いも知恵も与えられ
私たちはただ それを主が形にされることを
祈り 喜び 賛美することで

自分自身は目の前に与えられた今日の糧を
忠実にこなすことと 神との親しい交わりだけに
集中するだけという 充実した日々を
送ることになるならそれに勝る幸せはありません

神様にやって頂くことは神様にやって頂き
自分がやるべきことは自分がやるということです

そのように生きることを目指す時
何かに追われることはなく
代わりに恵みが追ってきます

突然そうなったわけではありません
過程がありました

追われる原因になった自分の間違えた考えや
悪い習慣を一つずつ神様が
手放させてくださったのです

良いと思っていたことが
神様の目には悪いことだった

悪いと思っていたことが
神様の目には良くも悪くもないものだった

そういうことをたくさん知ることになりました

過去は 恵みを貰っても管理するのが億劫だから
大きすぎる恵みを受け取るのは面倒だと思っていました

しかし 神様と一緒に管理をするのであれば
全然面倒でも大変でもないことがわかりました

管理者としての自覚を頂いたことこそが
私に与えられた神様の恵みで祝福であり
それは今でも少しずつ広げて頂いています

但し それは神様が私に管理するように
与えられたものに対するものに限定されます

私は 私に与えられていない一切については
人から管理するように言われても
拒否することを覚えました

人がやるべきことを私がやるべきではない

それは誘惑であり 敵の罠だからです

神様が止めておきなさいと
言ってくださることは勿論ですが

神様が無言で黙っておられる時も
渋々 いや まあ やってもいいけどね
と言う時も 面倒なことしか残らなかったので
やらない方が絶対に良いと思います

概要だけを一気に書きましたが

細かいことを言えばもっともっと
深くて愛に満ちていて そして
それら全ては聖書から与えられる霊感でした

更に言えば これは私に与えられたほんの側面で
他の人を通して本当に多種多様な角度から
人が100人いれば 100通りの神様からの
愛と知恵知識と語りかけとがあることを知っています

人を通して得られる恵みは それはそれで
本当に愛と崇高さに満ちていて素晴らしく
それを聞くことが出来るのは特権です

何故なら神様は その人に必要な分だけを
見せて下さり 教えて下さり
担わせて下さるからです

そしてそれは 互いに仕え合うためのものであり
自分のためのものではありません

自分のためのものは 人が受け取っているのです

私は 私に与えられたみ恵みを祝福する決意をしました
一部だけじゃなく全部を祝福する決意です

私には 今までそれが出来ていませんでした
毎日泣いて過ごすような辛い道も通ってきたので
自分には受け止められても
全部を受け止めきるのが無理な人も
居るかもしれない そう思っていたからです

ですが 神様はその人に受け止めきれる分しか
与えられない神様です

私だったらとても背負いきれないと思うような
難しいことを りゅうくんがさらっと受け止め
乗り越えていくであるとか

逆に 私だったら簡単なことでも
りゅうくんが苦しんで苦しんで
神様にひれ伏して祈って やっと乗り越えた時に
本当に清々しそうに神様を賛美する姿を見て

心配する必要はないんだな と思いました

私は 自分が神様に与えられた祝福を
神様が流したいところに流します

私が余計な心配をしなければ良いだけで
神様が私をそこへと運んで下さるのです

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