悪いものも用いることが出来る神

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聖書の中で 悪いものが用いられた代表格と言えば
パウロが筆頭に上がると思います

パウロは 若く熱心なパリサイ人でした
イエスはモーセの教えを歪めていたと信じていたので
クリスチャンたちを迫害していました

しかし イエスさまと遭遇し
イエスさまが神であったことに気付いた時
目から鱗のようなものが落ちて
心まで変わっていたのです

パウロは 最初クリスチャンを迫害しましたが
しかし 神様への思いは人一倍ある人でした

ただ 間違えていたために
神様に正されました

同様に 今日読んだQT箇所では
サマリヤの街に 魔術で人を驚かす人がいたため
弟子のピリポが行った不思議な技に
人々が心を開いたことが書かれています

これは 一見 悪いものであっても神様は
ご自身の栄光を現すために塗り替えることが出来る

そのことをここから学ぶことが出来ます

かく言う私も 実は初めて教会に行った理由は
偶像崇拝をする人の誘いによるものでした

なので 最初の頃はとても悩んだのです
神様に出逢えたことはその人のお陰だと
感謝するべきなのかどうなのか

しかし その人はイエスキリストが神だと
信じることを とても軽蔑して悪く言ったので
とりなしの祈りをするだけに留めて
関わらないようにすることにしました

伝道の勉強会をする時
必ず人の口により誘いがあることを指摘し
その人に感謝するように ということを
言うことがありますが

私の場合は教会に行くことを誘ってくれた人が
異教徒で しかもイエスさまを信じていない人だったので
そういった人をも用いて私をここに
連れてきてくださった神様だけに
感謝をするようになりました

確かに 神様は悪いものであっても
用いることが出来る方であり
ご覧になるのはその人の心です

この聖書箇所に 魔術師がいたために
不思議な技を見てイエスさまを信じ
洗礼を受けた人が多数いた ということが書いてあり

これは 私の姿だな と思いました

偽物を知っていたので 本物を見た時に
これこそが本当の神だと知ることが出来たのです

ですが その過程で様々な嘘に翻弄されていたことを
私は結構 自分自身の恥だと感じていました

ですが今日 神様から示されたことは
その恥だと思う気持ちで神様と距離を作らないように

というものでした

マイナスをプラスに出来る神様にとって
大切なのは心であり
過程がどうであるかは関係ないのだと思います

愛なる方が神であることは
本当に素晴らしいことです

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