委ねて信じて時を待つ

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昨夜 神様が面白いビジョンを見せてくださいました

私とりゅうくんは そのビジョンの中に憩い
喜んで神様との時を過ごしましたが

その翌朝である今日の朝 神様は
工事現場の現場監督のような姿で
その後ろでは 何かが密かに運ばれ始めていました

その時に思い出したのは ベテル教会の
ビル・ジョンソン牧師がクリス・ゴア牧師に
憩いの中に留まる時に 奇跡が起きることを
教えられたというお話でした

私はある時 自分の思いで伝道をしようとすると
その相手が余計に遠くへいってしまう という
パターンがあることに気が付きました

敵が引き離そうとするのか
言い方に問題があるのか

とにかく 近付こうとする人まで
離れさせてしまうなら
躓きを与えることになるので
やり方や思いを変える必要があると思いました

りゅうくんの場合は逆に
私が何かをしようとしたのではなく
神様の方からりゅうくんに対して
奇跡があることを伝えるようにと
指示がありました

なので 私は祈って 示された通りにだけ
動くことにしました

祈りはしますが 自分の思いで
何かをするのをやらないことにしました
神様の守りから出ないためにです

思いは与えられますから祈りはします

その思いも自分によるものではないと
感じることがとても多くありますし

そうやって 研ぎ澄ますようになった時
過去に離れていった人に
私が思ってもみなかったような
祈りの課題を感じることも出てきました

時というのは ただ待つだけではなく
目に見えない準備がある時であり

その準備をする役目が自分に
あるかないか 見えるか見えないか
それが色々とあるだけであると感じます

神様の仕事を邪魔するような
思いは手放す必要があります

しかし

自分になにも出来ないと思える時でも
祈ることは出来ますし
祈りが必要だと示されることもあります

本当に感謝です

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