賜物を祝福のために使うことを選ぶ

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最近 立て続けに少し寂しい夢を見ました

それは 同じ賜物を持っている2人の人でした

自分のために使っているために
独りで寂しいところに引きこもり
人を疑いながら 誰かの役に立ちたいと思い
人を試すようなことばかりをする人と

神様が示された人のために賜物を使うために
稀に なんでこんなことをしなければならないのだと
不満に思うことはあるのだけど
でもいつも素晴らしい奇跡的なことばかりが起きていて
地域や世界にインパクトを与えている人

その「違い」を知らされる夢でした

預言スクールで

預言の賜物と言うのは人のためのものであり
自分にとっては心地よくないことがある
と言うことをお話されていました

しかし もしそれが自分の思いでやることではなく
神様の仕事であるなら どんなに人から見て
耐え難いような あり得ないような状況であっても
神様の平安の内に留まり喜びがあります

目先の快楽や 自分自身の力や考えによるものには
限界があり 浪費があり 生産性がありません
一見気持ち良いように感じるけれど
実は虚しさしか生み出さないものです

ですが 神様の召しはもしかしたら
心地よくないように感じたとしても
神様の平安の中に留まることが出来るという
至高の時を過ごすことが出来るのです

神様がいることを感じながら
感謝と喜びが溢れる時間と

やっている間は夢中になれたとしても
終わった途端に虚しさと疲れがどっと出る時間

どちらを積み重ねていくかを選ぶのは 自分自身です

しかし多くの人は 自分が生まれながらに持つ
自然の賜物を 間違えた使い方をしてしまいます

私もそうでした
自分の思いで人のために使ったとしても
得られるものは私が満足するものではありませんでした

祝福のために使う方法を学べることは
本当に 幸いなことだと思います

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