眠る前の黙想

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今日の神様からの示しは QTのタイミングについてでした

QTというのは Quiet Timeのことで
短くてもいいので聖書のみことばを読んで黙想し
神様の啓示を静かに受ける時間のことです

QTをする時間については特に決まりはありませんが
朝が望ましいと一般的には言われています

詩篇5章3節
主よ。朝明けに、私の声を聞いてください。
朝明けに、私はあなたのために備えをし、見張りをいたします。

私自身は あるご夫婦が毎日欠かさず
やっている習慣について聞いた時
「とても良い」と思ったので
りゅうくんがクリスチャンになってから
欠かさずやっていることがあります

それは 起きたらまず聖句に触れ 神様を礼拝してから
パートナーに愛を伝える ということです

そして朝食の前にイスラエルやアラブの人々を祝福し
霊的カバーと地域のために祈ります

食事の時には これからの時間を委ね
神様と一緒に全てのことが出来るように祈ります

これを りゅうくんと分担しつつではありますが
朝食の準備や家を出る準備をしながらやるので
私がこの時間にQTをやる時間は滅多にありません
(りゅうくんは たまにやってます)

なのでQTは それらがすべて落ち着いた後
または移動時間にやることが多かったのですが
このブログを始めてから ブログを書く直前
夜にすることが多くなりました

これは決して言い訳ではなく
朝や昼間にやろうと思っても
「今じゃない」という感じがして
朝や昼には 教会から毎日メールで届けられる
QT箇所とは別に示される聖句を読んで
黙想することが多かったのです

QTは 別にどの聖句でやらなければいけないという
決まりがあるわけではありませんから良いのですが
なんとなく 落ち着かない感じがしていました

推奨環境が朝 と言われているものを
毎日決まって夜にやるというのは
(時間がランダムになること以上に)
案外 落ち着かないものなのです

更に言うと 夜にQTをやるように示されることが増えたのは
単純に このブログを書くためだとばかり思っていました

ところが今日 全く違う意味があることを示されたのです

夜眠る前に黙想をする一番の目的

それは その日あったことの全ての栄光を
神様にお返しをするためだったのです

神様に用いられながら何かをする時
こと自分の思いと神様の思いに一致がある時には
自分の思いで言っているのか それとも
神様の思いをきちんと伝えているのかが
よくわからなくなってしまうことがあります

また 神様が自分の思いを肯定するような示しをされた時には
やっぱりこれで良かったんだ という思いに
満たされてしまうことがあります

すると 本当にこれで良かったのか という
迷いが出て来てしまうことが多くあったのです

ですが 迷いそうになった時に神様の前にへりくだり
改めて静かに神様の御心を聞き直すことで
自分の思いよりも高くて深い御心を知ることが出来て

ああ これはやっぱり自分から出たものではなかったと
確信をすることが出来るのです

その確信さえ持つことが出来れば
神様の喜びと平安をしっかりと受け取ることが出来て
神様を賛美し礼拝することも出来るようになります

そのための黙想の時間を取ってから眠ることが
物凄く重要だということに気が付いたのです

体感的にはそのことはわかっていましたが
先日のファイヤーカンファレンスで
トッドホワイト師が主と自分の部屋で
神様と会話をする様子を聞いていて
なるほどそういうことだったのか!と腑に落ちたのでした

人が神様とどのように交流しているかを
聞く機会はなかなかありませんし
「なんとなく落ち着かない」ということに
このような明確な答えがあるとは
期待もしていなかったので驚きました

今までは 朝に神様を賛美しその御力に期待し
夜には愛を語っておやすみなさいということが
多かったのですけれども

夜にも神様の御力を賛美をして それから
神様へ感謝と愛を語ろうと思います♡

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