良い方を選ぶ

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今日のQTは イスカリオテのユダが
イエスさまに後押しされて
その心にあることを実行するため
外に出ていくところでした

このシーンから神様が教えてくださったのは
「この時に何が起きていたのかは
本人とイエスさましかいなかった」
ということについてでした

何か悪い預言が成就するとき
そのことを理解しているのは
本人と神様だけであり

それを知らされる人は誰もいない
ということです

これは とりなし手が与えられない
という意味でとても恐ろしいことです

ですが 逆を言うなら

人から見て 明らかに悪いと見える人には
とりなしの祈りをする余地がある

ということだと示されました

人には自由意思が与えられています
嫌なことをされたときや
傷付けられたときに
どのような反応をするかは人の自由です

その自由を
呪いにするのも祝福にするのも
自由であるわけですが

しかし神様は

恵みを用意して私たちの横で
良い方を選べるように
とりなしてくださっています

その事に期待をして
喜びで満たされるのが
クリスチャンの生き方であり

私たちは自分の努力で
聖人になることはありませんし
聖人になることで救われるのではありません

いつでも 愛と喜びとみ恵みとは
充分に注がれているのです

私たちは ただ それを
受けとる選択をするだけです

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