それぞれにご自身を現してくださる神

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今日は礼拝の賛美中に 面白いビジョンを見ました

凍った湖に穴をあけてワカサギ釣りのように
釣り糸を垂れている神様がいらっしゃったのですが

こんなに小さな湖で こんなに小さな穴では
小さな魚しか釣れませんね と言うと

私の大きさが錯覚を起こさせているけど
この湖は日本全土が収まるぐらいのサイズなんだよ

と 仰ったのです

手のひらサイズの小さな網を取り出して
これを放り投げても すごく大きいんだよ と
神様が仰った瞬間に思い出したのは
以前見た 空一面を覆う鱗雲でした

直後 神様は

これだけ大きな規模のことが出来ても
私は決しておおざっぱなわけではないよ
あなたたちの細胞1つひとつを詳細まで
丁寧に修復することが出来るからね?

と 仰いました

そう 聖書の神様は私たちの
髪の毛一本一本をも数えられる神様で
大きなことも小さなことも 全てにおいて
人知を超えた方なのです

私は このビジョンから

神様と一緒にやることは私にとって
当たり前で小さいことのように感じても
実は 私の感覚が大きな存在を求めているから
小さく感じるだけなのかもしれない

ということに思い当たったのですが

先週実家に行った時に 母から
同様のことを示されたことを思い出しました

そして 私がこのビジョンを見ていた時
りゅうくんは 別のビジョンを見ていました

天井を越える背丈の神さまがいて その方が
私たちと同じ高さにまでへりくだり
そのように現れてくださった

りゅうくんは 見たビジョンについて
このように綴りました

私が見ていたものと
りゅうくんが見ていたものは
意味だけを言うなら本質的には同じです

ですが 私に対して見せてくださったのは
力あるご自身のお姿であり

りゅうくんに対して見せてくださったのは
謙遜で寄り添うお姿でした

恐らく 同じ神様を見ても
賜物の違いがそのままに
表現の違いになっているのです

先日 尊敬の文化スクールにて
人はそれぞれの召しに応じた色眼鏡で
物事を見る というお話がありました

「神様は大きなことも小さなことも
全て為される方である」ということの中に
私に対するメッセージと
りゅうくんに対するメッセージとで
これだけ違うことを語られているのです

とは言え

どのようなことを語られているのかを
一言でまとめようと思うと
いずれも同じことに集約されていきます

それは

神様が為される素晴らしいことに期待をして
神様と一緒に働く同労者となって欲しい

ということだと思いました

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