神様からの愛を受け入れる

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今日は 不思議な示唆的な夢を見たのですが
その後 敵の嘘に同意したことが思い起こされ
悔い改めを促されました

お祈りをしていると
砂漠の街を囲っていた黒い要塞が
まるで砂のように崩れ落ち
そこへ鉄砲水のように大量の聖霊さまの水が
流れ込んでくるというビジョンが見えました

それはまるでヨシュア記6章に出てくる
エリコの街が陥落する時のようでした

我が家では 示されたいくつかの聖句を
壁に貼っているのですが その中に
このような聖句があります

イザヤ書43章19節
見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。
あなたがたは、それを知らないのか。
確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。

この「川」というものに対して
日本の川をなんとなくイメージしていましたが

このビジョンで見た水は 軽く街を一つ飲み込む規模で
そうか 神様が荒野に作られる川というのは
ヨルダン川とかナイル川とかの規模なんだなぁ

と 思いました

実際この時に 自分の中にあった敵の要塞が
陥落したのだと思いますが

この後に神様が何を為されようとしているのかに
期待をしたいと思います

—–

また 今日このことが起きた背景には
昨日までの悔い改めに加えて

もう一つ 大切なことがあったと思うので
それについて書きたいと思います

昨日までは 過去に投げ込まれたり
言ってしまったりしたネガティブな言葉
=敵の嘘に同意をしてしまったことを
悔い改める祈りについて書きましたが

それらが終わった後に 神様がどれ程に
自分のことを愛してくださっているかを
掴んで受け取る ということをやりました

今まで敵が投げ込んだ嘘に同意をしていたことを
手放した直後 そこには大きな空洞が出来ています

例えば あなたは意地悪だ と言われたことを
掴んでしまっていたとしたら

意地悪だという嘘に同意をしていたことを
悔い改めて手放し 敵を追い出した後に

神様から見た自分の素晴らしさを
上書きする必要があるのです

例えば 神様の目に高価で貴い といった
聖書の中からこれと思うものを選び出し
信仰により自分に向けられたものだと
掴むことには力があります

有名ないくつかの聖句をご紹介しますが
聖書全体を通してみると数えきれないほどの
神様の愛を見つけることが出来ます

イザヤ書43章4節a
わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

イザヤ書49章15節
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。
たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。

詩篇91章14-16節
彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。
彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。

彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。
わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。

わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、わたしの救いを彼に見せよう。

またQTを通すなどして聖霊さまに祈り向かい
神様が自分自身をどのようにご覧になっているか
レーマの言葉を掴むのでも良いですし

教会の信頼出来る兄弟姉妹やリーダーに
預言的な祈りや癒しの祈りで示されたものを
掴むのでも良いと思います

私とりゅうくんは 互いに神様に
どのようにご覧になっていますかーと
尋ねてそれを伝えるようにしています

神様から受け取った愛を詩にすることもあります
神様の物語に掲載しています)

神様の愛を受け取り 互いに伝え合うことは
神様の「人を通してご自身の愛を現したい」という
思いに適ったことです

神様から与えられた言葉は光であり
光の前に 闇は留まることが出来ません

もし自分の中に 闇が残っていれば
光の言葉を浴びた時に違和感を感じます
なので 自分で神様のレーマを受け取ろうとすると
もしかして自分の言葉ではないだろうかという
疑いが出てしまうことがあります

なので 他の人に神様の愛を受け取ってもらい
それを素直に掴むことも時には大切だと思います

神様からの愛を素直に掴むことが出来ない時や
居心地の悪さや違和感を感じる時は
自分の中に嘘の性質との契約が残っている可能性があり
更にそれに対して出て行けと命令をすることが出来ます

例えばですが

神様はあなたを誠実なものとしてご覧になっている
と言われた時に

そんなことはない 自分は不誠実だ と思ってしまうなら
おまえは不誠実だと嘘をつく敵に
同意をしていることになり

その同意により 本当に不誠実な破壊的な行動を
してしまっている可能性があります

ですが もし健全な精神を持っていれば
素直に そのように見られていることを
嬉しいと思うことが出来ますし

誠実というのは神様のご性質であり
その衣を着せて頂いていることに感謝します

という謙遜を示すことが出来るのです

光の言葉により 敵の存在をあぶり出し
敵との契約を破棄していくことも出来るわけですが

いずれの場合でも 神様に愛されているという
確信を持つことが最も重要になります

神様は 罪人を罪があるうちから愛され
罪人が悔い改めることを切に望んでいます

敵はいつでも 破壊の誘惑を投げかけてきますが
その誘惑や挑発に負けないために
心の一新による新生を掴みたいと思います

ヨハネの福音書3章16節
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。

ローマ人への手紙12章2節
この世と調子を合わせてはいけません。
いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、
何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかを
わきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

第一ペテロの手紙5章7-11節
あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
神があなたがたのことを心配してくださるからです。

身を慎み、目をさましていなさい。
あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、
食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。

堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。
ご承知のように、世にあるあなたがたの兄弟である人々は
同じ苦しみを通って来たのです。

あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたを
キリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、
あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、
強くし、不動の者としてくださいます。

どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。

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