神様が為さりたいこと

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今日は教会の姉妹たちの引っ越しを手伝いましたが
移動中に見た車のナンバーが「8888」でした

りゅうくんに 神様にどういう意味か聞いて貰うと
詩篇 18篇2節が示されました

主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、
わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。

そこには 私たちにとっての
神様のご性質が8つ示されており

信仰により 神様は私たちにとって
このような方であることを受け取りました

話は変わりますが 今日のデボーションより
ここ最近 神様から示されていることを書いてみます

何回かに渡り 夢によって自分自身が
やってしまいそうな失敗について
委ねる祈りを促されていましたが

今日のQT(神様との時間 デボーション)では
もっと明確に イエスさまから
「自分のことについてもっと祈りなさい」
という促しを受けました

どういうことかと思い巡らしていると
具体的に示された方法が
過去の暗い時期に光を当てる作業でした

自分にとって 良いとも悪いとも
感じていなかった過去のある出来事が
ふと思い浮かびました

それは あるイベントを手伝い
受付をしているシーンでした

当時の自分の価値観で言うと 確かに
良いことでも悪いことでもないことなのですが

聖書的な立場から考えると
そのイベントの内容は神様に喜ばれないものだったと
思い至りました

それに気づいた時

その事柄が 自分の人生に
影を落としていると感じたので
神様に 光を当てて頂けるように祈りました

よく使う表現をするなら「悔い改めた」のですが

知らずにやってしまったことが
実は罪だった と指摘された時に
自分自身を責めるのは神様の御心ではありません

聖書には 教えられなければ罪とならなかったが
聞いて知ってしまったから罪と定められる
という表現があるように

「罪である」と知った時に
初めてその責任を問われるのですが

神様が取って欲しい態度は

自分を正当化することでも
自分を責めることでもなく

イエスさまの贖いを受け入れることにあります

知らずに犯してしまったこの罪についても
既にイエスさまが背負ってくださったことを
信仰で受け入れます!という宣言をすると

その出来事に神様が介入することが出来るのです

神様が介入するとはどういうことでしょうか

知らずに敵に加担してしまうと陰(かげ)が出来ます
陰には 敵が隠れ住むことを許してしまうのです

そこに神様が介入すると陰に光が当たり
敵は潜むことが出来なくなりあぶり出されます

そして 敵は私の人生から逃げ出していくのです

人には自由意志があるため
神様に介入して頂くためには
本人の意志で神様にお願いをする必要があります

もし 自分の人生の中で薄暗さや
負の感情を感じる領域があったら
そこに光を当てて頂くことをぜひ祈ってみてください

神様は 私たちの人生から暗い部分を全てなくし
祝福が実を結ぶようにされたいと願っておられます

神様が罪を指摘されるのは
陰に潜んだ敵が祝福を
壊したり盗んだりしないようにして
人に良い実を結ばせるためであり

決して 人を責めるためではないのです

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