人による支配の打ち砕き

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昨日の「怒り」について 神様より
掘り下げた示しを頂きました

それは

恐れによる支配を打ち砕け

というものでした

恐れによる支配と言うのは 例えば

これをしなければ悪いことが起きる という
呪いの言葉であるとか

これを言ったら嫌われるのではないか という
気遣いによる恐れのことです

脅迫による支配もこれに含まれます

神様だけを恐れ 人を恐れてはいけない
ということは聖書にも書いてありますが

私が怒りを抱くパターンとして
嫌だと言っているのに辞めて貰えずに
怒ることが殆どです

嫌なのでやめてくださいと言っているのに
何故やめないのかは全く理解が出来ませんが

嫌なことを強要されるということは
孤児の霊からの解放という講義でも
取り扱われることなのですが
尊厳を損ない 大変傷つくことであり

そういうことに対しては怒りなさい
というのが神様からの示しであるわけです

怒りは良くないという点ばかり見ていましたが
よくよく考えればこの促しは大変聖書的です

女性が性的暴力に遭った時には
叫んで助けを求めなければ同罪となる
と聖書には書いてあるからです

嫌なことをする人に対しては
きちんと対処しないと同罪になっちゃうのですね…

これは 敵に対する態度にも通じる気がします

イエスさまはサタンの誘惑に対してはっきりと
退けサタン と命令をしていますし

ペテロが 十字架の預言に対して
そんなことを言ってはいけないといさめた時
さがれサタン と制しています

その後には

あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている

と続くわけですが

人が この世に対しする気遣いを正当化して
神様の教えを無下にした事例が
聖書にはきちんと書かれています

それはダビデが王になる前に王であったサウルです

サウルは サムエルが時間通りに来なかった時に
民が離れていこうとするのを見て
自分で生贄を捧げてしまいました

サムエルが来て そのことに対して戒めると
サウルは 言い訳をして自分を正当化しました

悪いことをしたと指摘された時に
自分の非を認めて悔い改めればそれは許されます

しかし 人に対する気遣いを優先して
神様の示しを軽く見るなら
神様は相応の裁きを下されます

実際 神様はサウルに対して
悪霊を送るまでになり 家族もろとも
悲惨な最後を迎えることになりました

正しく神様を恐れるのであれば
人が神様に対して背を向ける時に
人への気遣いで同調するわけにはいきません

過去の私は

尊厳を損なう態度に対して
相手にするのが面倒であると言う理由から
適当に合わせてしまっていました

そうしなければ生きて来れない
環境であったのは確かですが
それは悪事に加担することになるのです

しかし今はそうではありません

脅迫により支配するような存在は
私の周りにはいないのですから

身に着けてしまった悪い癖を
神様は 打ち破れと仰っているのだと思います

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