神様の召しに歩む

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今日は 必要が満たされる原則と
神様の仕事について書きたいと思います

ここ2日間に書いていたことは
このことを説明する前提のお話なので
もしまだお読みでなければぜひ
ご一読ください(長文ですが…

神様にとって特別になる

神に信頼し真実の愛を示す

聖書に書かれている必要の満たしと
神様が仰る「仕事」について説明するため
いくつかの聖書箇所を紹介したいのですが
量が多いので 実際の聖書箇所は文末にまとめます

要点を一言で表すなら

必要を満たすために働くのをやめて
神の国のために働けば必要は全て満たされる

ということに集約されます

では「神の国のために働く」というのが
具体的にどういうことかについては

言ってしまうと 人によって違います

伝道や牧会 奉仕(ミニストリー)ばかりが
神の国のために働くことではありません

神様の栄光を現す領域は ひとりひとりに
神様から用意されており 一般的に
「神様からの召し」と表現されています

全ての召しに共通するのは 唯一
神様の存在を世に知らせる という点だけです

そして それらは個々人に与えられた
賜物が用いられます

全ての人が同じ召しを持っているわけはありませんし
召しは収入を伴うものとそうでないものがあります

例えば 一般的に神様の仕事としてすぐに思いつくような
牧会(教会の運営) 伝道 癒しなどの働きで
神様の栄光を現す場合は収入を伴いません

イエスさまは ただでもらったのだから
ただで与えなさいと仰いましたが 同時に
彼ら働く者の必要(衣食住など)は
満たされるべきだとも教えており

その必要を満たすべきは
収入を伴う領域に召しがある人の献金によります

旧約聖書における祭司たち(レビ人)が
雛型になっているのではないかと思いますが
神に遣える部族であるレビ人は
住む場所も飲食などの必要も全て
他の部族の人たちから分配されていました

今の時代においても 24時間神様に
奉仕をする召しを持つ人は1割程度であり

収入を伴う領域で栄光を現す人が
9割だと言われています

近年 ある2人の預言者が神様から
7つの領域という概念を示されたそうで

宗教
家族
政府
ビジネス
教育
芸術エンタメ
メディア

という領域のうち どれか1つ以上に
全ての人は召しを持っていると言われています

その召しは 一生変わらないわけではなく
時期により変化する場合もあります

例えば(実際にお話があった事例ですが)
独身時代は学校の先生だった女性が
牧師と結婚し 子育てが終わった今は
牧師となり牧会をしている

というケースでは

独身時代は教育の領域で働き
結婚後は家族の領域で働き
今では宗教の領域で働いている
と言うことが出来ます

以上のことを踏まえてですが

クリスチャンになる前は「働く」と言えば
お金のために働くことを指しました

お金に遣えていたのです

しかし クリスチャンにとっては
神様の栄光を現すことや
神様の愛を伝えること
福音を述べ伝えることが「働く」ことであり

その働きにより収入があろうとなかろうと
必要は神様により全て満たされます

問題は 神様からの召しが何かを
きちんと掴むかどうかにかかってきます

例え これは神様のためだ!と
一所懸命奉仕をしたり伝道をしたとしても
自分に与えられた召しを全うしない限りは
必要が与えられない ということなのです

逆に 神様の栄光を現す召しに生きれば
不思議と必要は満たされていきます

場合によっては 収入を得るための仕事も
「必要」と言えると思いますが

そういったものも全て神様の召しに歩む時に
きちんと与えられるのです

お金のために仕事を探さなくちゃ と
思っているうちはもしかしたら
仕事が見つからないかもしれませんが

神様の召しのために必要が満たされるようにと
考え方を切り替えることで仕事が与えられるのです

更に言うと

自分の召しに生きる時 実は
必要を与えられるだけでは終わりません

欲しいと願うものは全て与えられますし
願わずにいれば神様の方から
あなたは何を願うの?と尋ねられるほどなのです

これは 本当に不思議なことです

ただ わかることは

神様はこの世の富に勝り富んだ方で
豊かに与えることが出来る方であり

与えることにより栄光を現す方だ

ということです

【参考】必要と仕事についての聖書箇所

他にもまだまだたくさんありますが
主要なものを抜粋しました

◆必要について

マタイの福音書6章7-8節
また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、
ただくり返してはいけません。
彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。

だから、彼らのまねをしてはいけません。
あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、
あなたがたに必要なものを知っておられるからです。

ルカの福音書12章22節、29-31節
それから弟子たちに言われた。
「だから、わたしはあなたがたに言います。
いのちのことで何を食べようかと心配したり、
からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。

(中略)

何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、
と捜し求めることをやめ、気をもむことをやめなさい。

これらはみな、この世の異邦人たちが切に求めているものです。
しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも
必要であることを知っておられます。

何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。
そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。

ヨハネの福音書15章16節
あなたがたがわたしを選んだのではありません。
わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。

それは、あなたがたが行って実を結び、
そのあなたがたの実が残るためであり、また、
あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、
父があなたがたにお与えになるためです。

===

◆神様の仕事と日々の生活のため働くことについて

マタイの福音書10章7-10節
行って、『天の御国が近づいた。』と宣べ伝えなさい。
病人を直し、死人を生き返らせ、らい病人をきよめ、
悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、
ただで受けたのだから、ただで与えなさい。

胴巻に金貨や銀貨や銅貨を入れてはいけません。

旅行用の袋も、二枚目の下着も、くつも、杖も持たずに行きなさい。
働く者が食べ物を与えられるのは当然だからです。

ヨハネの福音書6章27節
なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、
永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。

第一テサロニケ人への手紙2章9節
兄弟たち。あなたがたは、私たちの労苦と苦闘を覚えているでしょう。
私たちはあなたがたのだれにも負担をかけまいとして、
昼も夜も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝えました。

===

◆必要をクリスチャン同士で補い合うことについて

第二コリント人への手紙11章9節
あなたがたのところにいて困窮していたときも、
私はだれにも負担をかけませんでした。
マケドニヤから来た兄弟たちが、
私の欠乏を十分に補ってくれたのです。
私は、万事につけあなたがたの重荷にならないようにしましたし、
今後もそうするつもりです。

ヤコブの手紙2章15-16節
もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、
また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、

あなたがたのうちだれかが、その人たちに、
「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい。」
と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、
何の役に立つでしょう。

第一ヨハネの手紙3章17節
世の富を持ちながら、兄弟が困っているのを見ても、
あわれみの心を閉ざすような者に、
どうして神の愛がとどまっているでしょう。

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