人の受ける分

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今日は 働く中にある幸せのお話を短く書きます

神様は私を何のために造られたのか

一緒にこの地を喜び楽しむことです
それはアダムとエバを造った理由でもあります

神様は人を 道具のように使うために
造られたのではありません

アダムはエデンの園の管理人として
権威と賜物を与えられ
自分が管理する全てのものに名を付け
喜びを持って管理をしていました

しかしアダムはたくさんの生き物の中に
自分の助け手を見出せませんでした
それで神様はエバを造ってくださり
アダムはそれを喜びました

しかし 罪が入った時に神様は
アダムには労苦して働くことになると仰り
エバはアダムを心を尽くして愛しても
アダムはエバを支配しようとするだろうと仰いました

これは 罪の結果の話なのです

クリスチャンは イエスさまを信じる信仰により
イエスさまの全人類の罪の贖いに
預かることが出来るという特権があります

であるとしたら

罪の結果を掴む必要はありません

喜びと楽しみを持って働くこと
相手に尽くすことで見返りを受けるのは
男女に関わらず 人の受ける分だと思うのです

伝道者の書5章18-19節
見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、
神がその人に許されるいのちの日数の間、
日の下で骨折るすべての労苦のうちに、
しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。
これが人の受ける分なのだ。

実に神はすべての人間に富と財宝を与え、
これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、
自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。

これは私が好きな聖書箇所の1つですが

労苦を喜ぶことが出来ること それが賜物

本当にそうだなと思います

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