神様の御思いに留まる

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神様が造る流れの中にいる時はいつも
平安と喜びに溢れています

とは言え 世に生きている以上は
神様の流れとは違うものに触れる機会も
たくさんあるわけです

人には自由意思が与えられているので
選択肢は無数にあるようにも思えます

しかし 神様と共に歩く道が
何本もあるわけではありません

りゅうくんのために作り始めた
管理ノートに 新たな方向性を与えられ

自分と神様との日々の対話を
誰にでも再現可能なものにしよう

というコンセプトで作り直したものを
教会の何人かのリーダーに見て貰うため
日曜礼拝に持って行ったのですが

ひょんなことから この行動の中に
私が想定していなかった神様の御心を
感じ取ったので それを落とし込むべく

この活動を表現するキャッチフレーズと
この活動の軸になる行動を書き出し
毎朝それを読み上げることにしました

私一人であれば わざわざ書かなくても
自分で決めて動いてしまうのですが
それが出来るに至るまでには
自分が生きた年齢通りの経験があるわけで

自分で意思決定をする機会が少なく
何かを習慣化するという経験がない
りゅうくんにとって 一番良い方法は何かと
考えた結果がこれだったわけです

とは言え 自分たちが書いたことには決して縛られず
常に神様に「過不足はありませんか?」と
聴き求め 柔軟に対応することにしています

そういった注意書きもひっくるめて
全てのリストを書き終えた後に

りゅうくんに「神様にこれでいいか聞いて」と
お願いしたところ

「すみこをマッサージする」が
抜けてると言われました

…えーと

念のため言うと

朝にやること→血潮の祈り、QT、箴言朗読、部屋の掃除
夜にやること→1日の振り返り、明日の予定を委ねるお祈り

みたいな感じのことをリスト化している中で
私のマッサージという毛色の違うものが出てきたので

愛されてるなー嬉しいなーと言いつつ
流石にリストに印刷するのは恥ずかしかったので
暗黙のやることリスト扱いにしたのですが

初日と2日目は りゅうくんが忙しくて
マッサージをしてもらうことなく過ぎました

3日目である今日の朝は 少し時間があったので
りゅうくんにマッサージをお願いしたところ

思った以上に血流が滞っていたらしく
少しマッサージをしてもらっただけで
吐き気がするほど気持ち悪くなってしまいました

これはまずい これはやばいと
私とりゅうくん2人して
全身くまなくリンパマッサージをしたら
気持ちが悪いのは収まったのですが

神様の言うことを甘く見ちゃいかんー
と 猛反省することになりました

更にその直後 全く想定していなかった事柄が
発生したのですが

神様が示された「私のマッサージ」を
したことにより起きた霊的なものだったと
後になって気付くことになりました

ちなみにその後 りゅうくんが
神様が 私が健康になることが
どれ程重要であるかを啓示してくれたり

QTの中では 神様から
「あなたが造られたイメージ通りに
伸び伸びと生きることが神の御心」であり

自分の思いでそれを捻じ曲げないで欲しいと
強く示されました

一見 関係なさそうなことに見えても
神様がやりなさいと示されたことには
従順に従うべきで

全ての動機は神様の大いなる愛

なんだなぁと 本当にしみじみ実感しました

更に言うと

私がそうやって霊的に動いたことで
部屋の中の模様替えがまた進みました

これだけいじったのにまだ改善点があったかー

と 思いましたが…面白いものですね

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