嘘に対してノーと言う

ふとしたことで 不安が入って来るとします
それはさも正しいものであるかのようにやってきます

しかも 権威や知識を持つ人を通して来ます
不安でいっぱいの人から入ってきます

あるいは自分の思いから出るものかもしれません

ですが その不安にクリスチャンは
イエスさまの御名の権威を持って
「ノー」を言うことが出来るのです

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神様が下さる平安を流す

今日の示しは 神様が危険だと示されたとしても
神様がそこへ入ることを許されるのなら
神様の手の中で安全でいられる というものでした

入ってはいけません と示されたら
勿論入ってはいけません ですが

危険があるよ と示されるだけで
入って行かざるを得ない状況が置かれるなら
「備えなさい 覚悟をしなさい」という意味で
全ては神様の手に委ねることが出来るのです

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神様は裁かれない

今日は いくつかの文章を読む機会があったのですが
命に溢れている文章を読むと元気がもらえます

その中で 聖化と律法主義は違うというお話がありました

聖書でダメだと言われているからダメ というのは律法主義で
裁きの思いや人の努力がその中心にあり
神様から出たものではなく互いに傷つけあいます

対して聖化というのは 神様の召しに
もっと深く関わりたいと祈っている中で
必要があって神様から離れるよう示され
自然に悪いものから離れることを言います

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神様と作る土台

神様はマイナスをプラスにしてくださる神様です

ですが 敵からの脅しに翻弄されて
恐れたり混乱することに対してイエスさまは
助けて下さいつつも いつも弟子を叱られました

神様の私たちに対する期待は
神様の権威を纏った者として
敵の攻撃を踏みつける者となることです

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人に求められている飢え乾き

今日の示しも とてもシンプルです

敵の言うことに同意をすれば
神様の言うことを蔑ろにする

私がやるのだから信じなさい
安心しなさいと神様が仰っているのに

心に浮かぶ不安を掴むのであれば
自分の人生に招かれる結果は
嘘による破滅です

そのような結果を招かないために
神様からの示しを掴む必要があります

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