しるしを信じる幸い

イエスさまが来られた時 多くの人は
イエスさまの為された癒しや奇跡を見て

メシアが来られたのではないかと期待しましたが
当時 聖書を教える立場であった
パリサイ人たちがイエスさまを拒否したため
多くのユダヤ人が躓いてしまいました

ですが 人を見ず 神を信じた人や
本当に神様を必要としていた
この世に見捨てられた人々は
イエスさまを信じることが出来ました

しるしを見ても この世の気遣いなどにより
神様を信じ損ねてしまうことがあることを
物語っているわけですが

しかし 神様を体験した人は
人がどう言おうが 神様を
否定することが出来なくなるのです

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マイナスをプラスに出来る神に頼る

人には弱さがあります

私にも 何度啓示や人を通して
「恐れを手放して」と示されても
すぐに忘れてしまうことがあります

神様は 強くなれとは仰っていません
弱さを手放して欲しいのです

強くならなくては 気をつけなくちゃという
思いこそを捨てなければいけません

その為には実は 失敗をする勇気が必要なのです

その失敗という一見マイナスに見える事柄に
神様が栄光を現してくださることを見て
安心して委ねることを出来るようになる必要があるのです

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神様の作品としての自分

今日の神様からの示しは
私自身が神様の作品だ ということでした

これは全ての人に言えることですが
神様は ひとりひとりを丁寧に
神様のイメージにより創られました

誰一人として 同じ人はいませんし
同じ道を歩む人もいません

同じ境遇にいても 同じようには
感じないし 経験をすることもありません

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賜物の管理

神様が与えられた賜物は
人が間違えた使い方をしたとしても
一度与えられたからには
決して取り上げることはしないそうです

勿論 神様はその人がきちんと
管理出来るようになることを見越して
その賜物を与えられるのだとは思いますが

しかし 賜物を預かるものとして
良き管理者であることについて
意識するに越したことはありません

この話は クリスチャンに対してだけの話ではありません

神様が造られたものには全て
何らかの賜物が与えられます

それは 神様がその人を通して
神様のご性質である愛を
流し出すために用いられるところです

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神の愛に憩う

少し前 日々のやることを書き出した際に
りゅうくんが「すみこのマッサージをする」

と示されたことを書きましたが
神様の御思いに留まる参照)

神様に示されたことの意味が分からなくても
忠実に行動することは大切だなぁと
日々思い知らされています

(今回は忠実に行動してくれているのは
 りゅうくんですけどね)

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