昨日の記事(ビジネスの現場での神様の働き)で
お祈りの中で神様から ある意味での
とどめを刺されるようなことを
言われてしまった と書きましたが
翻訳された言葉と元の英語に
若干のニュアンスの違いを感じたので
録音しておいたお祈りの言葉の
英語の部分を調べてみました
神様の示しの再確認
それにより明確になったことは
(それでもやっぱりとどめの一言でしたが)
あなたは労働者ではない
ということでした
もう少し詳細に言うなら
あなたがどれほどの生産性があるか
あなたが何が出来るかは関係ないし
誰かがあなたに頼みごとをしても関係がない
あなたは労働者となる女性ではない
あなたが何をやるべきかは
怒りを手放せば神様が示してくださる
と 言われたのです
今年の6月頃に神様から
あなたはもう作業者になってはならない
と 結構はっきりと示されていたので
それと全く同じことを
他の人の口を通して示されたわけですが
どうしてわざわざ 人の口を通して
示す必要があったかと言えば
私の中にその可能性も残しておきたい
という思いがあったからなのです
しかし昨日の預言的な祈りの言葉で
完全にその道は断たれた
自分にはその可能性は全くないんだ
ということを強く自覚すると同時に
どうしてその可能性がゼロであると
思うのが嫌だったのか
気付くことが出来ました
恐れの正体
平たく言えば 不安があるからです
お金の不安とかそういうものではなく
家から出る機会がなくなるのではないか
外の人に会う機会が無くなるのではないか
という不安です
私に与えられたミッションは
この文章もそうですが
家で1人でコツコツと
モノ作りをすることが中心です
よくよく考えれば 作ったものを
外に持って行く機会は必要なのですが
今はまだそのビジョンが見えていませんし
何より 常に外にいる働き方とは違い
8~9割が準備で 外に出る時間は1~2割です
元々人と接することが好きで
中学~高校の時は30人ぐらいの人と文通をして
月に1度はイベントやお茶会に顔を出し
20代の頃 活動の場がネットになってからは
OFF会やイベントを通し 多い時は
年間100人以上の人と会っていました
しかし 自分の人生の中で何度か
全く外に出られない時期があり
そういう時「雇われること」というのは
お金と人間関係を簡単に手に入れるための手段でした
体調を崩した直後であっても
派遣で働くことですぐに
家を出ることが出来ましたし
web制作を個人で受注していた時期は
会話をするのがお客さんだけ という状況が
大変苦痛だったため
手っ取り早く人と会話をすることが出来る
コールセンタへ勤めに出ました
しかし これは確かに 本来の自分の召しから
脱線したままよくわからない方向に
行っている状態であることはわかっていた
ですが 生活をするということだけを考えたら
とても楽なので
そのうち こういう働き方も悪くないなー
給料も良いし 年を取っても出来る仕事だし
なんてことも考えていた時期もありました
しかしこれこそが悪魔の誘惑だったわけで
神様はそれを決して許されなかったのです
心から叫ぶ
私自身 神様に従うこと以外で
幸せになれるとは思っていませんでしたが
それでも 逃げ道が塞がれることが怖かったんですね
昨夜 溢れるように
家で物を作ってるだけの人生なんて無理!
人との接点がない人生なんて絶対に嫌!!
と 泣いてしまいました
いや 本当のことを言うと
もう少し色々と言いましたが^^;;;
ともあれ叫びました
家で一人で作業するだけの人生なんて絶対に嫌だ!
するとりゅうくんが
神様がそんなことするわけないやろー
絶対一緒に外に行けるから大丈夫
と 言ってくれました
言われてみればそうなのです
人と会う機会が無くなるというのは
ただの思い込みでしかないのです
神様は良い方ですし
私の良いところも悪いところも
全てご存知の方です
そして何より
私に賜物を与えてくださったのは神様です
その賜物を生かさないはずがないのです
ですが 恐れというのは
ものを大変近視的に見せるものなのです
実際このことは 今の今まで
(それこそ叫んでいる時でさえ)
全く自覚のない恐れでした
赦しと召し
それで 冒頭に戻るわけです
あなたが何をやるべきかは
怒りを手放せば神様が示してくださる
自分が自分の召しから脱線する理由を作った
様々な事柄を全て赦すことをしました
出来れば触れたくない 思い出したくないことも
祝福をすることにしました
しかも今日の礼拝でのメッセージは
祈ってくださったスピーカーによる
「怒りを手放す」ためのメッセージで
かなり根深いところにあったものを
手放すことが出来ました
そして 彼に昨日の祈りの証として
自分が間違えて掴んでいたものの正体と
自分が神様に示されている
クリエイティブな事柄を伝えました
すると 彼はとても輝いた
そう!それだよ!という表情で
私の手をパン!と叩いてくれました
ああ やっぱりこれが私の召しなんだー
と 深く深く腑に落ちました
その後 セルグループの人たちと
私たちが召されている世代の人たちへの
伝道に祝福があるようにお祈りして貰いましたが
あなたはもう その召しを
きちんと掴んでいるわ
あなたたちは 神様への愛と
互いの愛により名が知られることになる
と いう
私にとっては ほんっとうに
最高級の祝福の言葉を頂きました
どんな誉め言葉よりも最高の言葉だと思う
それであればやりたい
そういうものであればきちんとやりたい
希望と期待に溢れる思いを持つことが出来ました
本当に感謝します
私の思いと神様のビジョン
地元に戻ってきてから祈りの時間を持ち
家に戻ってからもお祈りをして
そしてふと ひとりになった時に
彼のミニストリーに参加したいと
思ったのはある意味正しかった
それは叶わなくても 遠く離れていても
彼のことを自分の中で師匠だと思うことにしよう
彼のように 愛に富んだミニストリーが
出来るようになりたいな
と いうことを思い巡らしていたら
りゅうくんが
神様が今なんて言ってるかわかる?
と 突然言ってきました
何を言ってるかは知らないけど
今こういうことを思い巡らしていたよ
と伝えたら
神様は最初 すみのことを後ろから抱きしめて
愛しているよー愛しているよーと言っていたのだけど
神様 何を仰ってるのですかーと尋ねたら
神様の後ろに山積みの紙の束が積まれて
その前で神様が躍りだした
その紙は何ですか?と聞くと
救う人たちの顔写真と名前と
いつどんなシチュエーションで救われるか
という詳細な計画書だったそうです
そっかー 山積みかぁ
心配しなくてもきちんと
たくさんの人に出逢う計画を
くださっているんだな
と 思いましたが
りゅうくんが
あなたの憐れみと思い遣りに対して
奇跡を起こす ということに感じた
と言いました
これは 神学校に入学した時にもらった
預言のことなのですが
私が望んだから神様が
それだけの人を救う機会を
私に下さるご計画をくださった
ってことかな と思いました
私の心の叫びを聞いてくださったんだな
と 思いました♡
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