必要をご存知の神の文中に書いた
神様のイメージ通りであると示された
自分としてはあまり好きではない
自分自身の特徴について
勿論 自分自身のことであるから
自分に正直になればいいだけなのですが
自分の本質を考えたら
絶対にこういう人格形成にはならないはずなのに
どうして今の自分はこうなんだろう?
と いう「ずれ」に思い当たりました
未熟な子どもの思い
結論から言ってしまえば至極簡単なことで
単純に 自分とは全くタイプが違う
母親の考えをそのまま真似してしまっていたり
あまりにもタイプが違う母親と
当たり障りがないように付き合うために
母をフォローするための人格を
作ってしまっている ということです
母は コミュニケーションが大変苦手で
人と話すより試験管を洗っていたい
という人だったので
会話が成り立たなかったのです
意識的にライバル視していた父親に
対抗するために作った自分の人格については
自分でそういう生き方を選択したという
自覚もありつつ
長年かけてある程度以上のレベルにまで
自分自身を育ててしまったので
そこから得た「経験」は手放すことなく
自分自身の「思い」だけを手放すことが必要でした
自覚があるなら早いのです
(問題は手放そうと思うかどうかだけです)
神様に委ねます 手放します 受け取ってください!と
宣言するだけで神様は取り去ってくださるので
そういう意味では簡単に手放すことが出来ました
しかし 幼少期の人格形成については
まず 自覚がないのでその「ずれ」に対して
ずーっと
何かもやっとする 心が痛いという
漠然とした思いでしか理解が出来ず
なかなかその本質的な正体に気付けませんでした
しかも 父に対して意識的に持った思いとは違い
所詮は子供が考えるものなので 大変未熟で稚拙です
それでいて自分自身の本質と全く違うので
成長もさせられないまま自分の中に残っていて
自分自身が伸び伸びと生きることを邪魔している
と いうことに気が付きました
思考のパターンを手放す
様々な本で読んで知ってはいましたが
母親というフィルタを取り去らないと
自分の本音が出て来ないんだなぁ
ということをしみじみ実感しています…
まずは 自分の中のもやっと感を
手放すところから始めなければなりません
余計なものを掴んでいたら
新しいものが入ってこないからです
神様が渡したいものを掴むために
まずは自分の中の不要なものを
捨てる必要があります
ということで
今日は 自分が何にもやっとしているのかを
洗い出して 手放すことをやっていました
夢の中でもブレイクスルーがあり
自分自身のことについても
新しいイメージを持つことが出来ました
今日はりゅうくんにも新しい試みがあり
色々と動いているなぁと感じます
神様 導きを本当に感謝します!
そして 神様からのみ恵みに期待をします♡
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