見ないものを熱心に求める

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昨日の記事(弱さを明け渡す)について
神様が答えをくださいました

私が唯一悩んでしまう
弱い人の思わぬ攻撃を避けきれず
疲弊してしまう人がいること

そういう状況において 自分自身は
「避ける」という選択しかしてこなかったので

疲弊している人に対して どのように
アドバイスをするべきかも思いつかない

祈れば良いのに祈ることすら出来ず
悩んでしまっていた というものですが

昨夜記事を書き終えて床に就いた時
神様は 一つの聖句をくださいました

ローマ人への手紙8章26節
御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。
私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、
御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、
私たちのためにとりなしてくださいます。

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見えないものを望む

聖霊のうめき というのは
異言でもって表されます

異言についてはいずれ詳細を書きますが
使徒の働き2章にある 聖霊のバプテスマにより
聖霊が「異なる舌」で語ってくださる祈りです

ちなみに上述の聖句の直前には
このようなみ言葉があります

ローマ人への手紙8章24b-25節
目に見える望みは、望みではありません。
だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。

もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、
私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。

どうすれば良いかわからないことこそ
私たちは望みを持って熱心に祈るのだ

と いうことです

人の考えであれこれ思い巡らして
解決が見つからない事柄こそが祈るべきもので

もっともっと熱心にそれを
追い求めて祈るよう示されたと感じました

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神様が下さった解決策

そして思ったのですが

弱い人の気持ちがわかる と書きましたが
私はあまりにも感情移入し過ぎなのだと思いました

当事者であるかのように錯覚すれば
祈るよりも先に逃げや防御という
自分のやり方に頼ってしまう

とは言え それは神様が用いられようとする
「自分の弱さ」であるので仕方がないとして(苦笑

感情の面で 一歩引くということが
自分にとっては一つの課題でありますが

何より 熱心に求め続けることが大切で

もしどう祈ればいいのかわからなければ
異言で祈れば良いのだということ

その示しの通りに昨夜は
異言で祈ってから眠りました

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そして今日 その祈りの答えを頂けたのです

見えないものを望む

ある意味 私が感情移入し過ぎることと
根っこが同じであるようにも感じましたが

弱い人の攻撃を全て受けてしまう人は
その人自身が 自分の弱さを
肉的な努力でカバーしようとする癖がある

ということをひょんな形で見せられたのでした

加害者と被害者のように見えますが
それは立場的な 人間関係の構造の問題であり

実は この2人は似た者同士だったのです

しかし 似ているからと言って
分かり合えるのではありません

自分自身の欠点を認めているので
相手の欠点も認めている

そのため 改善という方向に行くことなく
間違えた歯車を一緒に回してしまっている

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と いうことです

これは 祈るしかない^^;;;;;

と あらためて気付かされました

恐らくは 祈りでしか解決出来ないように
この状況が出来ているようにも思いますが…

なので今後もこの件については
祈っていくことにしましたが

それと別に

今日は 私とりゅうくんの会話の中にも
一つ大きなブレイクスルーがあったのです

見えないものを望む

生ける神という記事の中で
りゅうくんが 聖書をノウハウ本のように
受け止めていて それは違うと話した

という出来事がありましたが 実はこの後
りゅうくんが自分自身で神様に
聖書とはどういうものであるかの
啓示を受けるという体験をしました

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この体験は彼にとってとても大きなもので
この日以来 神様への愛 神様への思いが深まり

神様が愛しくて仕方がないという思い
慕い求めるという思いが溢れるようになったそうです

今まで彼は 主よ!と祈っていたのですが
この日を境に 親しみを込めて
お父さんー!と呼ぶようになり

神様に頼り 甘えるということを
ちょっとずつ理解出来るようになりました

ですが 窮地に立つとどうしても
今までの癖で 神様と違う方を見てしまう

一度神様との関係を体験しているし
そもそも りゅうくんは結構な回数
奇跡としか言えない事柄を体験している

なので 感覚としてわかりそうなものなのにー

と 思っていたのですが

奇跡を体験した当時 本人は
神様の愛をわかっていなかったのです

だから 当事者意識がないままに
流されるように奇跡を体験していた
ということに気が付きました

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そもそもで

人というのは ボーっとしていると
悪いものに目が行く生き物です

ボーっとしていても神様は
奇跡を起こしてくださいますが
しかし 目は悪いものへ行きます

良いものを見続けるには
強い意志と決断が必要です

今 神様が彼に求められていることは

流される生き方から
自分で選択する生き方にシフトする

「目を覚ます」ということだったのです

熱心に求め続けなければいけないのです
祈りが聞かれるまで 忍耐がいるのです

神様のみ恵みは ただ待っているだけでは来ない

熱心に求めなければいけないのです

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