仕事と作業と神様の愛

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今回 このブログを構築していて
感じたことは 作業と仕事は違う でした

ところで クリスチャンの中には
収入を得ることについて
葛藤がある人が多いらしいのですが

しかし全ての所有者である神様は
物理的にも祝福してくださる神で

ルカの福音書には 不正の金で友を作れ
という表現までされているのです

神様が仰る「恵み」と「仕事」について

以前 神様はこのような形で
私に 仕事と恵みについて示されました

収入を得るための いわゆる仕事のことは
「恵み」だと示されて

神様のためにやることは
収入の有無に関わらず
「仕事」だと仰有ったのです

そして納入先や労働を支払った先からは
お金が支払われなかったとしても
必ずそれに見合うか それ以上の
恵みと祝福が注がれたので
生活はむしろ豊かになりました

一時期 体調を崩して
収入を得ることが出来なかった時に

献金をする余裕はないので
労働で払わせてください

とお願いをして奉仕をしていましたが
この時も 変わらず(むしろ豊かに)
恵みを注いでくださいました

でも 必要がぴったり頂ける感じで
貯蓄をしたり増やしたりは出来ない

なので いつかはこの状況から
抜け出さないとなぁと思っていました

…と いう話を前提に

ちょっと お金を稼ぐことについて
思ったことを書きます

マス(大衆)向けと少数のお客様向けのサービス

滅茶苦茶この世のお話ですけども

今日はまったりしたかったので
サイゼリヤに来ています

dsc_0257

食事と聖書と作業が目的ですが

ふと こんなことを思った

飲食業ってほんと割に合わないなぁ

場所代があり 食材や食器の仕入れがあり
作るのと運ぶのと片付けるのに
人件費と光熱費などなどがある

でも値段を見るときに
家で食べるコストと
比較をする人が圧倒的に多い

それは制作の仕事にも言える
先日見た記事なのだけど

イラストレーターさんが
クライアントに 描くところを
見たいと言われて描いて見せたら

そんな短時間で描けるなら
もっと安くていいですよね

と 言われて

そんな短時間で済むものだったら
ご自分で描かれるといい と言ったら

描けるようになるまで
どれぐらい時間がかかると
思っているんですか!?

と 自ら答えを言ったらしい

ピカソの有名な逸話で

絵を描いて欲しいと
近寄ってきた人に
さらっと絵を描いて 100万円です

と言ったら こんな短時間で描いたのに!?
と 言われたのだけど

私の今までの30年分の値段です
と 返したという

とは言え 世に1点だけの唯一の商品と
多くの人が日常的に必要となる商品では
考え方が異なってくるのも当然のことです

社会貢献にも力を入れている
ブラック企業として有名な
某飲食チェーンの社長は

新メニュー会議の席で
ステーキ丼の企画に対して
このようにダメ出しをした

仕入れがいくらだから
このぐらいの値段 という
決め方ではダメなんだよ

このステーキ丼 いくらだったら
お客さんが喜んで注文すると思う?

君の決めた値段でお客さん喜ぶ?
普通だろ?普通の値段だろ?

そうじゃない この質で量で
この値段!?とびっくりして
喜んで頼む値段で設定して

その値段を実現するためには
どうすればいいのかを考えるんだ

そのために 自社農場を持って
肉のコストを下げるとか
そういう風に考えるんだよ

…これもまた ひとつの戦略であり
マス(大多数)をターゲットにする
大企業なら必要な感覚です

今 ここに来るまでの間に
西友の新装開店を案内する
のぼりがあったのですけど

そこに 店長の写真が使われていて
コスト削減頑張るなぁ と言ったら

え? これで削減になるの?
とりゅうくんが言うので

タレント雇うより安いでしょ?
と言ったら納得していた

けど 更にその近くのパチンコ屋では
(多分)無名のアイドルが宣伝部に就任!
とか書いてあったりして

仕事選べよとか思いますが(苦笑

しかし ゲーム業界で今 一番
お金が動いているのは
パチンコ業界だったりするのも
事実であるわけです

ネットでの集客・広告の変化(時代の流れ)

私はネットによる広報広告の業界に
20年近く身を置いています

サイトを作ってと頼まれたけど
周囲のフリーランサーがみんなして
いくらで受注すればいいかわからん!と
困惑してるような時代でした

そこから ネット集客はすごいらしい と
どんどん人や企業が入ってきて
働き方や値段の付け方も変わり

リーマンショックの時に
大手広告代理店が本気で
ネットマーケティングに
参入したことから

業界の再編と言っても良いほどの
大きな変化がありました

そんな中で 同じ方向を目指していた
はずの人達が 世に翻弄されて

綺麗事を言っていただけなんだなー
という人はどんどん離れていき
長いものに巻かれていきました

私はそんな中で

本当に実力があり 長年に渡り
良いものを提供して 価格は下げない

独自の価値を作り続けている人とだけ
お付きあいをすることとなり

影ながら ものすごく貴重な体験を
たくさんやらせていただいた

実際 価値を下げないための努力というのは
地道で地味で 日の目を見ることもなく
誠実さや愛などの 良いものが
ぎっしり詰まっているわけです

それ故に その世界にいる人達は
目先の華やかさだけを求めて集まる
人達とは一線を区切り
交わりたくないという
排他的な態度を取るのも確かで

私は その排他的なところが
あまり好きではなかった のだけど

聖書を読めば読むほど
聖別の大切さを思い知らされ

妥協させることが敵の策略であり

与えることはするべきだが
共に歩いてはいけない

と いうことを思い知らされる

誰と共に歩くか

それが全てを決めると言っても良い

のだけど 要するに

共に歩きたければ
引き上げればよくて
排除する必要はない

共に歩けない人は
自然に離れていくけど
そのことに いちいち
目くじらを立てる必要もない

ということなんだなぁと思いました

(目くじらを立てる人達も
共に歩く相手じゃないってことね)

「作業」と「(仕事としての)運営」

ともあれ

私の居場所は 今までもこれからも
恐らく変わらないのだろうと思います

私に マス系の考え方で
あれこれアドバイスをする人には

私は ひとりひとりの顔が見える
ニッチビジネスが好きなんで

と 一蹴してきちゃいましたが

引き上げる ということも
視野に入れるべきなんでしょうね

それで 煙たがれれば
それはそれであるわけですから

…本題はここからなんですがw

今回 久々に本気出して
ブログ構築作業をして

…流し込み=単純作業でしかないので
敢えて作業と書きましたが

でも ブログを「運営」するのであれば
作業にしちゃダメだよなぁ

と 思いました

神様から あなたはもう
作業者でいてはいけない
と示されているのですが

本当に 作業者ではいけない

これを読む人が 神様に触れられて
ひとりでも多くの人が恵まれて

本当の神様のお姿を知るお手伝いが出来て
神様の栄光が現れる

作業をする という感覚ではなく
神様の仕事をさせて頂いている

という感覚でやらないと
ダメだよなぁ

と 深く思いました

神様の仕事をさせて頂いている
そう思ったら それだけで
喜びが溢れるもの

会社を立ち上げたとき
「お金のために妥協するべき」

と 言う人が寄ってきて
たちまちのうちに壊されてしまったもの

それを 神様は こういう形で
取り返させてくださっているのだな

と 思いました

感謝します❤

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