ありのままとは好き勝手とは違う

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今日は 疲労と労働量は全く無関係だと
実感する1日でした…

そのことは クリスチャンになるまえは
命の危険すら感じるほどの恐怖でした

でも今は 神様の約束があるので
安心していることが出来ます

感度が良すぎると それだけで
疲れるので困ります

以前は そのことがとても苦痛でした
社会で生きていく支障になったから

でも 今は 自分の弱さに
神様が栄光を現してくださると
わかっているので
安心していることができます

わかりやすく言うと

以前は 疲れて労働力や生産力が落ちれば
ただマイナスになるだけだったのが

弱いところを用いて頂けることで
そこもプラスにして貰える

それは 精神論 気休めなどではなく
本当にプラスにしていただけることが
何よりの救いで恵みであるわけで

マザー・テレサの本の中に
寝たきりの患者さんと
看護婦さんがパートナーになり
互いに支えあう というお話がありましたが

正にそういう感じ

弱いところを神様が補ってくださり
人を通さないと出来ないことを
神様のためにやる そういう
神様とのパートナーシップがある

…と言っても

良いことも神様が用意してくださり
恵みも神様から頂いていて

ただ一方的に全てを頂いているのですが

でも 肉を持つ私たちにしか
出来ないことがあるんだよ と

私たちを用いることを決めて
ご自身のものとしてくださった

ただ そのままで愛されている

この者は私が買い取ったのだからと
全ての存在から守ってくださる

役立たなければ居場所がないかのような
追い立てる存在から救い出して
守り 養ってもらえる

人の思い あるべき論でもって
圧力をかけるような人が多い中で

ただ ありのままに居るだけでいいんだよ

神様は いつもその様に語られている

ありのまま というのは
自由に好き勝手に という意味ではない

自分自身の本当の「ありのまま」を
見失い 互いに裁きあっている人たちを
解放することが 神様のご計画です

神様の造られた全ての存在が
神様の手に戻り 真の自由の中に
憩うことが出来ますように

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