第28話 その3

旅人は言いました
もし 私が定めた期限までに 私を治すことができないのであれば
この地は悲惨な道を辿ることになるでしょう
私は 隣の国からの遣いで 戦争が始まる前に 互いに話し合いを設けるために相手の国へ手紙を届けるためにやって来たのです
しかし この手紙を届けることができないならば 間にあるすべての地は焼け野原となり 荒地となって 滅んでしまうでしょう
この手紙は 預けられた私にしか届けることができませんから 代わりの人に頼むこともできません
医者たちは青ざめて言った
このままでは 我々は自分たちの力不足の故に滅んでしまうだろう
そうすれば 自分たちの積んできたものは どうなるだろうか
自分たちの集めた知恵知識は どうなろうか

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第28話 その4

私たちの王は 私たちのうちにあらわれて自らをしもべのようにし 私たちに仕える心を教えられた
彼の弟子となり 彼に聞き従ったものは 柔和な心を得て 彼の子と呼ばれるようになり
その国は堅固なものとなった
柔らかいもので堅いものを制し あらゆるものに寄り添い 彼の虜としてとらえていき 一切のものを私たちの王の足の元へとひれ伏させた
それは 縛られてでも 強制されてでもなく ただ御心のままに行われた
あなたは言った
わたしを信じて受け入れるものは わたしの子となり わたしとともに生きるようになる と

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第28話 その5

家にこもっている医者は 顔を上げて窓を見た
それは 彼に語りかける声を感じたからだ
しかし その内容までは聞き取ることができず 医者は立ち上がって窓のところへ歩いていった
すると 町の人々の様子が いつもと違うように感じた

別の医者も 木の陰で休んでいたところを 糸で引っ張り上げられるかのように立ち上がり 周りを見回した
語り掛ける声を聞いたからであったが その声の主を見出すことはできなかった
そして 彼も 町を行き交う人々の様子がおかしいことに気付き 何が起きているのかを探ろうと 近くの人に話しかけた

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第28話 その6

少女は二人を鼓舞したが 医者たちは慌てふためき 戸惑っていた
女性はそれを見つめていたが 口を開くことはなかった
そこへ 羊は二人に近づき めえ と鳴いてすり寄った
医者たちは声を上げ 自分勝手に語るのをやめて羊を見た
羊は 二人の顔を見て めえ と鳴いて コロンと寝転がった
少女はそれを見て言った
この子は 私をもう一度診てください と言いたいのです
医者たちは それを聞いて 顔を見合わせ おずおずと羊を診察した
二人は 同時に羊を診て それぞれ自分たちの持っている知恵によって 症状を分析して語った
それは 互いに見えていない部分を浮き上がらせるものとなり すべてを語り合った後 二人の医者は顔を見合わせた
あなたは私にはわからなかったことを知っています
あなたとともにならば この患いを取り除くことができるかもしれない
そう言って 二人は手を取り合った

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第28話 その7

羊は 身を起こして本を開き 再び筆をとって書き記した

それは 二人の医者の話
それは この地に来る災いを退ける話
それは 世界を行き巡り 父の御心を悟らせるためにことばを紡がれる方の話

旅人は言った
あなたに注がれたものを いま輝かせなさい
それは 父の注いだ油であって 父の与える灯火を保つためのものである

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第28話 その8

少女と女性は 医者たちと手をつなぎ 目を閉じて祈った
すべての基である方 すべてを形作り その御口から語られた歌によって 世界を紡がれた私たちの父よ
私たちは あなたが紡がれなかったものによって 拒まれ あなたが望まなかったものによって 苦しめられています
私たちの王よ どうか あなたの栄光によって 患いの根となっているものを焼き尽くしてください
これらは 人の漏らすべき悪意ではありません
これは 人のうちに宿るべきものでも ほかのどの被造物が蓄え紡ぐべきものでもありません
私たちは ただあなただけにより頼み そのみことばを支えとします
あなたの杖によって 悪しきものをこぼち あなたの御手によって 暗きわざを打ち砕いてください

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第28話 その9

旅人は 遣わされた国へ行き  事の次第を伝えた
それは あなたのご子息が 私どもの国の王女と婚約をしたということだった
戦争を準備していた王や大臣は 至急会議を開き  王子を引っ張り出した
すると 王子は堂々と答えた
あなたがたは自分たちの思いに歩んでこの国を ひいては民全体を滅ぼそうとしています
これは  戦争に負ける などと安易なことを言っているのではありません
この戦争の勝ち負けに関係なく あなたがたの行い自体が破滅を呼ぶものなのです
あなたがたは かつて何を望んでいたのかを思い出しなさい
我らには 自分たちにふさわしい指導者が必要だ
我らには 正しい道に歩むための 天からの幻 希望となる指標が必要だ と
しかし あなたがたは 以前属していた国に反逆し 自分勝手に歩み始めてからというもの あなたがたはその目的を忘れて 私利私欲に走り 自分たちの望んだゆえに建てられた権威 あなたがたの恵みの基として 我らの父がお与えになった監督者をないがしろにし そのことばを退けて 自分たちの夢見ごとのために毎日を空しく過ごしているではありませんか
あなたがたが歩む道は 先祖の歩んだものと異なり あなたがたが自分たちも他の人々も知らない 獣の道ではないですか
獣は そのほふられる日のために 自らを肥え太らせ そして 自分のいのちを自ら捨てるのです
あなたがたは 私たちの父によって選ばれ その似姿によって形作られたものたちではないですか
なぜ あなたがたの助けにもならぬような 獣の道を今更歩もうとするのですか

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第29話 その1

“詩篇56
指揮者のために。「遠くの人の、もの言わぬ鳩」の調べに合わせて。ダビデのミクタム。ペリシテ人が、ガテでダビデを捕えたときに”

ある人の家に強盗が入り その人は一冊の本を持ち出して逃げた
強盗は 家財をかすめ その人にも手を伸ばそうと追ってきた
その人は 岩の割れ目に隠れ 強盗から逃れようとした
しかし 彼らは夜の住人であって その人よりも暗き所での目は慣れていた
強盗は 一歩一歩その人に近づき その人のいのちをも捕らえて奪おうとした
その人は 本を開いて祈った
父よ あなたへの誓いは  私の上にあります
私はあなたに信頼する故 他のものは私に何をなしえましょうか
父よ 私をつまずきから この死の穴から救い出してください
あなたが語られた希望の故に あなたが与えてくださった約束の故に
私が あなたのいのちの光のうちに あなたの御前を歩むために

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第29話 その2

羊は書を開いて 筆を執った

一人の小さな勇士がいた
彼は自分が勇士だとは気づいていなかったが その手に握られた剣を誇らしげに掲げ 道を歩いていた
彼は道行く獣を打ち負かせ 自分に従わせ 困っている人を助け出し 悪者を懲らしていった
彼は言った
私の歩く道は 私の主人の道である
私は主人の来る前に すべてを平らにするべく来たのである
彼はまだ幼く 善悪を知らなかったが それは彼にとっても 彼の主人に取っても 瑣末なことであった
彼は自分の行いが純粋であるかをいつも確かめていたからである
そして 彼の握っている剣は 愛によって形作られ その言い送った方の思うところを成し遂げる他は なにもできないのであった

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第29話 その3

その方は言った
あなたがたに一つの話をしよう

あるところに 一つの家族があった
父は 自分の愛する子に 贈り物を与えた
子どもはそれを見て喜び 箱の紐を解いて中身を取り出した
彼はそれを手に取って その先に父の望んでいることを思い描きながらそれを振るった
彼はそれを持って 自分の周りを彩った
それは 彼にしかできないことであって 父は彼がどのようにこの世界を彩っていくのかを楽しみにしていた

子どもは 日々自分に与えられたものを見つめ その先にある希望を口に出しては それを実行した
それは 次々と形をあらわし やがて彼自身の歩む道となっていった

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