第22話:はじまりのいえとつきあかりのふね

月の明かりが 裾から中を照らし 少女は目を覚ました
船に乗りなれていないこともありすぐに寝付けず 少女は身を起こした
すると 女性が船の端に立って 外を眺めていた
少女は立って女性に近づき 声をかけた
あなたも眠れないの?
女性は少女を見た
すると 女性の目は月のように光っていて あやしく輝いていた
少女はびっくりして 口を開けた
女性は薄く反応して 言った
あなたには この姿を見せるのははじめてだね
なんとなく女性の声音も違うようで 少女は首をひねった
どうかしたの?
女性は 顎に手を当てて考えるそぶりを見せ 言った
どうかした というか もともと夜になると こうなるんだ
おそらく 昼の彼女 この子はまだ知らない
ずっと昔からなんだけどね
女性は船の外に目をやり 肘をついた
王女たちがいなくなって 私だけが生きているの 不思議に思わないかい
まあ 竜の中から出てきた時点で普通ではないか
この体も そのせいで時に疎くなってしまったようでね
体はゆっくりと成長し 夜になると僕が表面に出てきて 昼の彼女は眠るんだ
昼は僕が眠り 彼女が起きる
体も 眠らずとも元気だから 何も問題はない

少女は 女性を見つめた
月の光に照らされた姿は 昼のものとは違い まるで別人のようだった

あるところに 一つの木があった
木は 昼は生きるものの息となるために 古いものを使って新たな息を吐いた
それは 息を吸うものの息となり 生かすものであった
夜になると それをやめ 木も眠りについたが 昼には蕾だった花弁が開き 夜に咲き誇った
それは 夜にしか咲くことができないものたちであった
彼らは記録者であって この日の出来事を聞き 息あるものの寝息から そのことばを聞き取った
昼は昼に話を伝え 夜は夜に知識を示す
彼らは表裏一体であったが 互いに知ることはなく それによって世界は回っていた
昼を司るものが真上に来る時 夜を司るものはなりを潜め 星が瞬くとき それは転じた

木は 人々と同じように育ち 同じ様子で 同じことばを話したが 時の流れるのは違い 人の息は短かった
木はそれを悲しいとは思わなかったが 少しだけ孤独を感じた
それは 自らを縛ることはなかった
これが 自分の役割なのだと 地境を越えることのないように引かれた線のようだった

木には 親しい人がいた その人たちは 時を超えて またこの世界にやってきた
木は喜び 再開を祝ったが 昼の木は過去のことを話すことはできなかった
それは 昼の木は 人々の息を吸って新たないのちの息を吐くために生きているのであって
昔からの記録を取るのは 夜だからであった
そして 日が沈み 月が照らす夜となった今 彼女は口を開き 転じて口調も変わり 昔あったことを語り出した

あなたがたが白い門をくぐって 去った後
王女は真っ先に町へ向かったんだ
そして 町にいる無事な人々を集めて 困っている人々を助け出し
他のものには 近くの町々へ支援を求めに行かせた
王女は人々を分け隔てなく助け 人々の力を見極めて それぞれ持ち場と監督者を選り分けて
務めにつかせた
はじめに力を入れて取り組んだのは 食料の生産だった
多くのものが家をなくし 中には家族を失ったものもいたので
王女はその人たちの傷を癒し 彼らに混じって寝食をともにし 飢えることのないように 施したんだ

英雄や町の子は 子どもたちを集めて 町々を行き巡り 必要な物資や人を集めて王都に向かわせたり
行った先で不足しているものがあれば 他の町とのつながりを作って補うこともしていた
こうして 王都だけでなく 国全体を立て直していった

英雄は 昔あったこと 今起きていることを物語に書き起こし それを行く先々で歌いつつ その詩を広めた
それを聞いた子たちも 同じように歌い 暗いところは隅々まで照らされていった
王女は それを用いて 読み書き 教育を同時に広めた
喜びつつ文字を覚え 楽しみながら書いたり考える力を養って
数年後には見違えるほどに 人々の行動は変わっていた

女性は 手を伸べて言った
王女のことばを ここにあらわそう
すると 少女の目の前に 瓜二つの姿をした女の子があらわれた
それは 王女だった
少女はびっくりして 抱きしめようと手を伸ばしたが 触れることはできなかった
それは 透けていた
女性は言った
いまの王女は 触れることはできない
これは ただの記録だから
王女は 閉じていた目を開き 少女に向かって口を開いた
お久しぶり になるのかな
こっちは順調に国を立て直していけているわ
まだ予定の段階ではあるけれど
危惧していた食糧難も その方が備えてくださった麦や 水の町の水質が改善されたことで 多くの川がきれいになって
畑や川の産物が 豊富にとれるようになったの
だから 復興の方にもすぐに力をいれることができるようになったわ
あなたたちは 元気にやっているかしら
少しの間だけだったけれど 寝るたびに あの旅のことを夢で見るの
思い出すのは その方と あなたたちと過ごした時間
一緒に食事をして いろんな町を見て 同じ世代の子たちと話をして
いまでも 同じ年の子らと話はするけど
あなたたちのように なにも気にせず互いに話し合うことは難しいみたい
でも 先にそれを知れて 本当に良かったわ
王女は 満面の笑みを浮かべた

少女は 目の前で話す女の子を見て 涙を浮かべた
自分たちがいなくなったあとも 彼女はあの国を建て上げ そこで生活していた
その基盤が 私たちと過ごした日々だったのだ

王女は少し俯いて言った
もし もう一度あなたたちに会えるなら 会いたいな
いまの国を 見てもらいたいの
もちろん 私が一緒に回って案内をするわ

王女は 口を閉じて 顔を上げた
その目は 少し悲しげであったが 強い光が宿っていた
いま 町々を回って 立て直しているの
すべての役場や建物を見て回って そこにいる人々に話を聞いたりして 毒を完全に除き去るために
そして その毒の溜まっているところを見つけたの
毒を持つものは 光を嫌い 日の当たらないところで 生きている人に手招きして そのいのちを狙っている
私たちは そのものたちと戦っている
いまは その方が残したことばと希望とを胸に 英雄さんや町の子たちとともに 戦っているの
それは 体の膿んだ部分を切り取るように 痛みを生じることもある
でも それをためらえば 全体が腐ってしまう

王女は 服の裾を握り締め 歯噛みした
その頬には 涙が伝い 少女は手を伸ばしかけたが すぐに収めた
あなたに会いたい
あって 話をしたいわ
自分のしていることが 正しいことだと信じて 生きているけれど
ときどき不安になるの
もし……

すると 力強い声が場に響いた
それ以上話してはいけない

声がした方を 全員が顔を向けた
そこには その方が立っていた

あなたの口に 不要なものを混ぜてはならない
それはあなたの願いではないのだから
いま あなたの心のうちを告白し あなたの願いと祈りを その口から告げなさい
わたしはそれを行おう

少女は 王女を見た
王女は女性の描き出した過去の記録であるはずなのに 王女もその方を見ているようだった
そして その方は王女に向かって語っていた
その方は王女の方へと歩いて行き その手に触れた
すると 透けていた王女の姿は 質感を持ち その姿をあらわした
王女は口に手を当てて 驚き 涙を流した
それは 少女が目の前にいて 自分を見ていたからである
その方は 王女に言った
あなたの願いはなんであるか
王女は 泣きながら言った
私は少女たちに会いたかったです
その方は それを聞いて微笑み そっと語った
ならば 顔を上げて その人を見なさい
王女は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ 少女を見た
そして 目に映ったものは 鏡に映ったかのように 同じ表情をしている少女の姿だった

二人は抱き合い 泣き続けた
生き別れた兄弟に再開したように 願い続けた想い人に会えたときのように
二人は涙を流し そして 微笑んだ

女性は驚いて言った
これは ただ僕の記録したものであって それを表していただけなのに
その方は答えて言った
彼女は生きている
あなたが記録した時の彼女は いまこの時間に生きている
彼女は死んだのではない いま 目の前に立ち 自分の姉妹とともに喜びを分かち合っているのだ
求めるものは それを得て豊かになる
求めずに口を開かぬものは その先の道を軽んじ 求めることをやめる
女性はその方を見て 言った
では 彼女も この旅に参加するのですか
その方は答えて言った
それは 彼女が決めることだ
その方は 目を細め 二人を柔らかく見守った

ひとしきり泣いたあとも 二人は離れなかった
満面の笑みで 頬をひっつけて まるでひとつのようであった
そこへ羊もやってきた
二人の泣く声で目を覚ましたのだ
羊は寝ぼけ眼で その方たちを見 少女が二人いるのを見て首を傾げた
そして 少女たちのところへと歩いていき その足元に伏して再び眠ってしまった
少女たちも羊に身を預けて横になり 星空を見た
船に揺られて 流れていく空は 王都に向かう時に 離れ離れになった時見たものと似ていて その時のように再びひとつとなったことに 胸に沁みるものを感じ 二人は手を握りしめた

王女は言った
いま 国の中にある影と戦っているわ
少女は王女を見た
王女は星空を見つめたまま 語り続けた
光が強くなるほどに 影は濃く写りだし その姿をあらわすわ
その方が立ててくださったものを 私たちが用いて 国を建て上げていけばいくほど それに反対するものたちの声も大きくなっていくの
民はその声に戸惑い 私たちは羊が群れから離れることのないように 必死につなぎとめていさめた
でも 反対するものたちも 私の民で 私の国の人々で 私の愛するべき人々なんじゃないかって思うの
それじゃあ 私は彼らの意見も取り入れて 国を建て上げていかなければいけないの?
それが 町を打ち壊すようなものだとしても?
少女は 口を開いて言った
それは違うわ
あなたは治めるものであって 彼らを養うものだもの
彼らを思うなら 子どもたちを思うなら 子どもたちの求めるままに 親は与えるかしら
本当に愛しているからこそ 懲らしめたり 叱ったりするんじゃないかしら
王女は 少女を見て その目を見つめた
愛しているからこそ か
王女は 目を瞑り 顔を上に向けた
少女もそれを見て目を瞑り やがて二人は寝息をたてはじめた

女性は 船の外 流れ行く景色を見つつ 口を開いた
彼女は 死ぬまで戦い続ける
光を掲げるものの下にこそ 一番影が色濃く出て 深い闇のようになるのだから
その方は言った
あなたは記録者である
あなたは彼女の最後を知っているのだろう
女性は言った
はい 知っています
彼女がどのように生きて国をまとめ 今に至るか
その死に際は どんなに美しい笑顔でもって 残された民 反対していたものもそうでないものも 皆ひとつとなって 自分を見送る姿を見たのか
しかし それは彼女自身がこれから見ていくことでしょう
僕はただ記録するだけであって 何かを教えるものではないのです
その方は言った
ならば あなたのうちに抱えているものはなんなのか
ただの書記であり それを全うすることのみを考えているのであれば
あなたの手はそんなには黒くはならなかったはずだ
女性はその方を見て 手を握りしめた

その木は 月を見ていた
木は記録をするために 葉に出来事を書き記していた
書き記された葉は枯れて落ちることはなく 蓄積していった
しかし 不要なものを溜めた葉は 黒くなっていった
それは 触れるものを真っ黒にし 墨を塗りたくったように 濃く塗りつぶしてしまうものだった
記録者は言った
私は すべてを書きしるさねばならない と
しかし それを任せた方は言った
必要なもののみを書き記せ
あなたに明かしたもののみを その書に残し それ以外を破り捨てよ
だが 記録者はその声を聞かず 聞くことができず 筆を走らせ ただ目の前に起きたことを書き綴っていった
そして 心は墨のように黒くなっていった

月は 闇夜に輝き 人の足のともしびとして 憂うものの心を照らす光として 輝いていた
多くのものは寝つき あるいは夢を見ていたが
木はそうではなかった
昼は目の前のことに取り組み 人々のために働き
夜はその日の出来事を綴り 蓄えていった
休まぬものは 自分のしてることに混沌をもたらし 整理が出来ぬようになっていくように
木も その記録も 順序や書いていることが狂い始めた
だれかこれを止めてくれるものはいないか
しかし その叫びは声とはならず ことばは紡がれることはなかった

はじめに語られたことを離さずにいなさい
それは すべてのものに語られ 木にも注がれたことばだった
木はそのことを忘れてしまっていた
それは 木の根元に落ちた葉に記されたことばであって 土に重ねられたものだったからである
木は下を見ることなく 自分のすべきことをし続けていたが
もし木が下を見ることがあれば それに気づくかもしれない
自分が何者であるかを知りなさい
それを思い出しなさい
その方は何度も語りかけ それを忘れることのないようにしてくださる
自分が何の役割を持っていて それを全うするために何をすべきか それをその方は導き ともに行うために手を引いてくださる

朝の日差しが目を刺すように 船に乗るものたちを叩き起こした
みんなは眩しさに目を細めつつ 眠りから覚めていった
少女は羊の寝具から身を起こし 日を見つめた
そして 夜に王女に出会ったことを思い出し 隣を見た
そこには 同じような表情をし 鏡写しにしたかのように同じ動きをする王女がこちらを見ていた
二人は互いを見て笑い おはよう と言った

女性や羊も目を覚ました
女性は船の奥に敷かれた布団から起きてきた
夜の彼女は 日が昇る前に布団に戻るようにしていたからだ
女性は少女が二人いるのに気づき 驚きの声を上げたが
よく見ると 王女だと気づき喜びの声を上げて抱きついた
王女さま なんでいるのかわからないけどやっと会えました
強く頬ずりされ されるがままの王女は 苦しげな声を上げつつ 答えた
その方が連れて来てくださったのよ
しかし その後のことばは 女性の愛情表現によって紡ぐことができなかった

羊は朝に弱いため しばらくその光景を見ていた
そして ゆっくりと覚醒した瞳を開き 王女を見つめた
羊は めえ と鳴いて王女にすり寄った

その方は みんなを見て言った
そろそろ 次の目的地に着く
上陸の準備をしなさい
そこで 食事をしよう
その方は前を見つめ 目を細めていた