第6話-6:はじまりのいえと いろのついたはなのみち 赤色

少女は茫然と立ち尽くし それを見ていた
それを受け入れることができず 動くことも考えることもできず すべてが止まってしまったかのように感じた

男の子は言った
よくここまで色を集めて その花を届けてくれたね ぼくは影だから 光を放つそれを持つことができないんだよ
倒れ伏した羊からは 大量の血が流れ出し 地に広がっていった
羊の手から落ちた花の根は その血を吸って 赤い色に染まっていった
その花はすべての色に染まって 花びらは黒々としていた
羊はその花を見つめた
初めは美しかった花も 色を吸い続けて光を失い 塗りつぶされた
それは かつて見た夢のようだった
希望を抱いてそれをなそうとし そして進んでいくが 絡みつくものに染まっていき やがて色を失って黒くなる

男の子は言った
さあ 開け ぼくの望んだ世界へ続く門よ
ぼくはそれをとおって 影ではなく本物となるんだ
みんなみんな塗りつぶして ぼくのようになってしまえばいいんだ
その花は黒い闇を発して 扉があらわれはじめた
それは真っ黒な門だった
それはゆっくりと開き 奥は真っ暗で 闇よりも暗い 光を貪るところへつながっていた

影である男の子は それを見ていった
なんだよ これ こんなの ぼくが望んだ扉じゃないぞ
どうして 花に色を付ければ ぼくを作った方のところへいけるんじゃなかったの

昔々 この森には白い衣を着た方が住んでおられた
その方はこの森をつくられ そこに住むすべてのものをつくられた
それは その方によってつくられた楽園だった
やがてその方はそこを去られ 花を残していなくなってしまった
それからというもの この森には光が届かなくなり 葉は日をさえぎってしまうようになった
残された花は 光を発していた
これに色をつけるならば 扉が表れ その方のいるところへとつながるであろう

しかし もし自分の思いで染めるならば その思いの末路 その実の結末を呼び寄せる
それは その方の心を離れ 自分の思いに歩んだために その道にさばきをゆだねたからである

日が傾いたように 山頂にいた彼らを照らした
その光すら食らいつくすように 扉は光を吸っていった
それは ただ影の形だけのように見えた
影である男の子は恐れた
自分ですら あんなに暗く 濃くなかった 自分がやってきた結果が これを生み出したことを 受け入れることができなかった
羊は めえ とないた
それは 弱々しく いまにも消えそうだったが
少女の耳には届いた
少女はそれを聞いて正気に戻り 羊を見た
光に照らされた羊の方から 影である男の子の方へ ひとつの影が伸びていた
あの影は 羊のものだったからである
少女は 自分の影を見た それは 男の子の方へ伸びていて そこで交わっていた
それは 彼女自身の影でもあったからである
それは 二人が一つとなったときあらわれた 彼らの過去であった

影は叫んだ
いやだ ここで終わりなんて こんな終わりなんて ぼくは 本物になりたかっただけなのに
ぼくの道を歩んで 生きたかっただけなのに
どうして また消えなくちゃいけないの

羊と少女は 光である方に出会い その暗い場所から光へ移された
それは 影を伴わないところであったので 影は彼らから切り離された
影の行いもなくなり こうして彼らは 昔のことのために生きることをやめた
しかし 影は彼らに手を伸ばした
もう一度 生きるために 生きようとするために
影は彼らに手をかけて こうして自分の世界へ引き込んだ
自分が本物として その方のもとへ行き 生きていくために
しかし それはかなわぬことであった
光は 影を伴わないものだったからである
その方には暗いところがなく またご自身で救われたものたちも 暗いところのないように導かれるからである
影は泣いた 自分の道を悟ったからである 自分が滅びるほかないことを知ったからである

黒い門は影である男の子を引き込むために その手を伸ばそうとしていた
それは少しずつ近づき 男の子を飲み込もうとしていた

私たちを救い出した方が その偽りから目を覚ましてくださいますように
少女は祈ってことばを紡いだ
その時 少女が持っていた鈴が音を響かせた
その音は 内に眠る志を呼び起こすもので いのちを目覚めさせるものだった

羊は かすんでいた目を開いた
もう彼には息をするほどの力も残っていなかったが 内に生きておられる方の力が 彼に働いた
彼は 地を這いつくばりながらも 男の子に近づいていった 道中血を流しながら そのいのちをけずりながら
そして 彼は自分を殺したもの 内にいた影を抱きしめた
怖かったね 苦しかったね ごめんね 受け入れてあげなくて でももう大丈夫だよ ぼくはあなたを受け入れる ぼくは自分自身を受け入れる
ぼくはありのままのぼくを受け入れる
羊は影を強く抱きしめて 語り続けた
ぼくはもう生きてるんだよ だいじょうぶ あなたは死なない あなたはもう 本当の道を歩いていいんだから そのための力もいのちも 喜びも与えられているから
心配しなくてだいじょうぶだよ

影はそのときはじめて涙を流した 恐怖によってではない涙を 受け入れられたという安堵と平安の中で泣いた

黒い扉は消えていった それもまた 恐れる心の創り出した影でしかなかったからである
そして 羊と少女の影も 消えていった
本来の場所へ帰っていった
こうして二人は一つとなった

あるところに一人の人がいた
その人は自分の影を嫌い 自分自身を嫌って生きていた
どうしてこの影はつきまとうのだろうか どうしてこの影はこのように動くのだろうか
その人は 影が自分から離れ去ることを願うようになった
しかし 影は思った どうして自分が自分を切り離そうとするのだろうか
どうして自分の中で線引きをして ここからは自分じゃないと考えようとするのだろうか
そうして 一人の人のうちで二つの思いがあらわれて 互いに争うようになってしまった
人はこうして 自分のしたいことをすることができなくなり かえってしたくないことをしてしまうようになっていった
人はそのたびに 影のせいだ 影が悪いと 自分自身を呪って かえって災いをその身に招いた
人を生んだ方は言った
どうしてそのようなことをするのか 自らとげを蹴り飛ばすなら その体が傷つくだけである
しかし 人はそれをやめるどころか 一層体を傷つけていった
心を痛めたその方は ご自身の体を痛めつけられ その傷によって 人の傷をいやされた
それは ご自身で人の傷を引き受けられたからである
人は言った どうしてあのようなことが起きたのだろうか
影は言った どうして人のために血を流されたのだろう
血を流された方は 人の前にあらわれて言った
あなたは生きなさい どうして罪のために死ぬのを見ていなければならないのか
あなたは余計なものを脱ぎ去って いま 生きなさい
そのとき 人の目は開かれ 光の中で自分の影を見た
それは自分の影であった
自分の形そのものであった
人はそのときはじめて 自分自身というものと向き合うことができた
そしてはじめて それをつくられた方の存在を知った
その血は何のために流されたのか 自分のためではないか

それゆえ 人はほかのもののために血を流すことすらいとわなくなった
それは その方がはじめに血を流され その血によっていま生かされ そのいのちが 内に流れているからである
その血はいのちであった

影を受け入れた羊の姿は まるで獅子のようになっていた