第6話-4:はじまりのいえと いろのついたはなのみち 黄色

羊は違和感を覚えた
この胸に起こる感情はなんなのだろうか
内を暴れまわって 体を疲れさせるこの思いはなんなのだろうか
しかし 口に出そうにも めえ という鳴き声になってしまう
溢れそうになることばは 寸でのところで 引き返し それが海の波のように繰り返された

人は内に住む影におびえながら生きていた
あるものはそれを形にし あるものはそれとともに それと同じように生き
あるものはそれを殺しながら 苦しみを味わいつつ生き延びていた
人には それから離れることが出来ず 人にとってはとてもながいような月日が流れた
あるとき 天から下る光があった それはまことの光で 人々 それも隠され日の光を浴びることも その名が明らかにされることもかなわなかったものたちに その光が照らされた
光はことばを発し 傷つき折れかかる心を力づけ いのちを吹き込まれた
その方が語ることばは まことの食物をはらむものだった それを食べたものは そのいのちがいつまでも内にとどまった
彼らは証した この方こそ 私たちを救ってくださる唯一の方だと
影は 光によって完全に消し去られ もはや思い出されることはなかった
かつて 影の行いは 光の下で行われたことと同じように 創造者によって書物に書き記されていた
それは 終わりの日にそれに従ってさばかれるためであった
光がきたことによって 影は消え 同時に影の行いを記されていた文字も 消し去られた
それは 影であって本来の姿ではなく すべてが明らかにされた今 破棄されるものだったからである

しかし 光を完全に理解するには時間が必要なように 暗闇にいたものたちには それをすべて知るにはある程度の期間が必要な場合があった
その方は それでも闇から救い上げられたものに寄り添い そのすべてを受け入れることができるように なぐさめてくださるのである
その方は言った
安心していきなさい もう恐れてはなりません
そして 一切のものを備えてくださった
その故に 私たちの心は燃え上がり その方の息吹がうちにあふれ流れていることを知り
その方の愛が 私たちに全うされていることを知るのである

その方は 指で本を撫でながら 文字を目で追われていた
書物は かつて暗闇に生きていたものの その記録と結末であった
救われたがゆえに 書物は未完で終わるはずだった
だが 書物はそれを記されているもののところへたどり着き
最後まで付きまとうように あるいは導くように その中へ引きこんでしまった
中では 手を伸ばしても得られなかったものが それでも救われたものから奪い取ろうとして 幾度も戦いを挑む姿が記されていた
その方は言われた
わたしはあなたに信頼している だから あなたはわたしのところに帰ってきなさい
その方は笑みを浮かべて 続きを読まれた

苦しむ羊は それを外に出さぬように 押さえつけ 男の子と少女の後を追った
辛い中でもこうして歩めているのは その方が下さった水が 内に流れているのを感じているからである
それは渇くことなく溢れて いつまでも潤してくれるものだからである

そうしているうちに 木々を抜けた
そこには 麦が実を包み ゆらゆらと揺れている光景が広がっていた
風のようなものが吹くたびに 金色の輝きがうねって 目を刺すように感じた

それを眺めていると 奥の方で 一人 麦を集めているものがいた
その人は せっせと麦を拾って かごに入れていた
少女たちは その人に近づいて行って話しかけた
手伝いましょうか?
しかし 落穂を拾う人は答えた
邪魔しないで これくらい自分でできるから
そう言って 拾い続けた
羊は周りを見渡した
麦の穂を拾う人以外には だれもいなく 中途半端に積まれた麦の束以外には 刈り取るものもいなかった

男の子は麦畑を見て目を輝かせた
ねえねえ なんかいっぱい変なのが生えてるけど 見てきてもいい?
少女は笑って いいよ と答えた
男の子は走っていって 麦の中へ入っていった
羊と少女は男の子を待つ間 麦を拾う人から離れたところへ座り それを眺めていた
しばらく時間は流れたが その間も ほかに人が来る気配もなく 拾う人も集め続け 休憩する様子もなかった
じっと眺めていた少女は 立ってその拾う女性のところへいって声をかけた
ねえ 休憩はしないの? 体こわしちゃうよ
女性はいった
休む時間なんてないわ 私が働かないと みんな食べられなくなってしまう
そう言って 集めるのをやめなかった
じゃあ 私も手伝うわ
少女は言って 落ちている麦に手を伸ばした
すると 女性は言った
触らないで あなたに手伝われなくても 充分だから
そして 少女が手を伸ばそうとしていたところにあった麦をとってしまった

少女はそれを聞いて固まった
自分の昔のことを思い出してしまったのだ
古い思いがあふれて 頭の中を巡りそうになった
すると 後ろから羊が めえ と鳴いた
そして少女にすり寄って 慰めた
少女も羊を触って ありがとう といった

麦を集めている女性は それを見ていたが 少女たちに気付かれると すぐに麦集めに戻った
女性は言った
私がやらないと 私が麦を集めてあげないと みんな死んじゃうから
辛くても苦しくても 私がいないと 生きていけなくなっちゃうから
他のものに頼ることなんてできない そんなもの信用できない
私がやってあげないと 私が働かないと…
声はだんだん小さくなっていき 女性の目から涙がこぼれてきた
女性はそれに気づき 拭こうとしたが 次々とあふれるのを抑えることが出来ず 大声で泣き始めた
少女は女性を抱き寄せて その頭を撫でた
大丈夫 いままでよく頑張ったね 辛かったね 苦しかったね よくやったね
あなたが受け入れられなくても 私があなたを受け入れる どんなに否定しても 私が肯定する
私はそうやって慰められたから いま あなたにそうするの
そういって 女性の頭を撫で続け 語りかけた
女性は 一時の休息を得て その心も休まろうとしていた

ずるい ぼくも撫でて―
いつの間にか戻ってきていた男の子は 少女のところへ走り寄ってきた
女性は現実に引き戻され ぱっと少女から離れてしまった
そして 再び麦を拾い集めることを始めた
少女はどうしようかと悩んだが 男の子を撫でることにした
男の子は少女に撫でられながら女性を見ていった
はたらきもののおかあさんだー きっと家の人もしあわせだろうね
そういって笑った

あるところに働き者の女の子がいた
女の子は天に愛され さまざまなものを備えられて 祝福されていた
しかし 地のものは それを妬み 祝福を奪い壊そうとしていた
女の子は そんな中で育ち 右手に祝福 左手に呪いを携えて大きくなった
それは 不安定な状態で 普通の人には耐えられないものであった
女の子をつくられた方は 女の子がつぶされないように 内を強めるために 志を与えた
それは力強く働き 女の子を助けて 迷わないように導かれた
それは 女の子には見えないが 確かな希望であった
それに気づいた地のものは それをも奪おうとしたが どうしても手を伸ばすことができなかった
あるとき 女の子に子どもが授かることが決まった
女の子はとても喜び 生まれるのを楽しみにしていたが 地のものはそれを奪う機会をうかがって 傷つけようとした
それに気づいた方が その子を生まれる前に取り去ってしまった
女の子は いつまでも喜びの子があらわれないので 嘆き悲しみ
その思いの中で働き始めた
女の子をつくられた方は その手を祝福されたが 女の子は本来得るものを得られなかったために傷つき 悲しみがいつもともなった
それは 働く中で自分の辛苦を紛らわすものとなり 疲れを知ることなく働くことさえできてしまった
女の子のところには その祝福にあずかろうと 蜜を狙うものが集まったが それが腐りを抑えるものだと知ると すぐに離れていき 結果女の子の周りを荒らすだけであった
女の子はそれでも 私がいないとダメなんだと 働き続けようとしていた

そこに 一筋の光が差した それは まことの光を示すことばだった
それは 女の子をつくられた方が送ったものであって それを届けるものが 語った
女の子はそれを聞き 本来立つべき場所 本当の道へと引き返しかけたが
付きまとう影はそれをゆるさず いまいるところに縛り続けようとした
そのことばはまやかしであったが 暗闇の中にいた女の子を惑わすのには充分であった

男の子が撫でられていると 麦の積んだところから水が流れ出しているのが見えた
よく見るとそれは 黄色に色づいたものであった
男の子は言った
なにか色が流れ出してるよー これも花につけられるかな
羊は麦を積んだ方を見ると 確かになにかが流れ出ていた
羊はそれに近づき 花の根をそれにつけた
すると 花はそれを吸い上げて 少し黄色に染まっていった

麦を拾う女性はつぶやいた
私がいなくちゃ 私がやらなきゃいけないんだ
そのことばは 少女には届かなかった

ひとしきり撫でられるのを堪能したあと 男の子は立って次の場所に行こうと言った
あたりは洞窟の中であったが まるで日が傾いた空のように 色づき始めていた