神の器を大切にする

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最近 ある姉妹に
私が話すことはとっても面白い
と言われました

それは私自身の
個性に対する評価ではなく
私の内にある 神様の愛の
現れに対しての評価だったので

神様が私に現してくださるのが
「神様の面白い側面」なんだな
と感じました

最近 思うことがあるのです

神様は 私たち一人一人を
目的もって作られており
誰一人としてその現れが
同じものはありません

神様がりゅうくんを通して
されようとすることは
りゅうくん以外からは現れず

私を通して神様が流す愛は
私からしか流れません

また 私を愛してくれる人は
何人もいますが
その一人一人の愛は
その人からしか流れず
他の誰も担うことは出来ません

私が誰かを愛するとき
その代わりはなく
私がそれをやらなければ
神様が私を通して流そうと
している愛は流れません

神様の愛を流す器に
代わりはないのです

もし人が 神様の愛以外を
流すものであるなら
そこには絶望しかありません

神様の愛以外に良いものを
私は認めることが出来ず
それに変わるものを私は知りません

お金も物も人の経験も
決して神様の愛には勝りません

神様の愛無くして得るものは
何の価値もないどころか
人生に破壊を招くとさえ感じますし
実際 過去の私にそれらのものは
破壊しかもたらしませんでした

神様がくださるから
素晴らしいのであり
神様のなさることだから
喜べるのです

神様が創られた本来の姿が満たされ
伸び伸びと神様の愛を流す時
神様のご計画が地に現れます

それは 本当に眩い光のようです

少し前 というか
クリスチャンになって暫くの間
私は 神様だけが素晴らしいのであり
器には個性はあるけど
それほど大切ではないと感じていました

しかし 一人ひとりが神様の
違う側面を受けているので
その人がいなかったら
流れない神様の愛がある

ということに気付いた時

もしその人がいなくなったら
その人が流す分の神様の愛は
永遠に流れないのだと

もし人が神様のことに気付かないまま
神様の愛を流さないなら
その人から流れるはずだった
神様の愛は永遠に流れず
その代わりはないと気付いた時に

涙が出ました

どんなに神様が思ってくださっても
どんなに神様が人を愛されても
人がそれを知らないなら
人がそれを受け取らないなら
神様の思いは地に現れず

だからこそ 神様は
ご自身が丁寧に丹念に
創られた一人ひとりを
これ程までに愛してくださるのだ

かけがえがなく 代わりはなく
高価で尊いものとして
見てくださっているのだと
気付いたからです

私たちが高価で尊いのは
私たちを創られた方が
そのようなものを作るのに
相応しい唯一の方であるからであり
私たち自身によりません

もしその素晴らしい器が
盗み壊し殺すものに奪われたら
創られた方はどうするか

それが イエスさまという
答えだったのです

最高品質の器として
練られた息子を 全ての器の
代価として 買い戻す

そのようにして私たちは
あがなわれたのです

神様が創られたから
私たちは素晴らしく
神様の愛を受けるに値するのであり

私達が敵に騙されたり
神様を無視して自分勝手をするなら
その価値が損なわれるのです

そう思った時

自分を大切にすることは
どれ程大切なことかと思いました

自分を大切にして
神様の守りに留まり
誘惑や欲に負けて
自分の人生に破壊を
もたらすことなく
神様から与えられる
良いもので自分を満たし
それを 神様のみこころ通りに
地に流すこと

それが どれ程大切なことで
どれ程素晴らしいことで
その事だけに心血を注ぐのに
十分なものであるかと思いました

実際 この地においてその事以外に
価値があることはないと思います

敵の築いた 人から盗んだものを
奪い合うような世界で
上手く立ち回れるようになる
スキルなんてひとつも必要がない

ただ 盗み壊すものと
一切交わらないと宣言し
神様にある愛の権威をもって
敵に奪われたものを取り返す

その為に 弱い人のことを
思い遣る心を持つ必要があるだけだ
と思いました

約束の地 敵の領地に入るとき
決して ここの神は
どんな神だったのか
ここにいた人の真似をしてみようと
思ってはいけないと
神様は注意されました
そこには誘惑があるからです

今の世においても
その事は重要であると思う

敵地に入り取り戻そうとする時
そこにある弱さを認め
思いやるのは必要だけど
自分まで弱くなってはいけないのです

最強の神様を認め
その支えに信頼して
堂々と 自分を低くする
イエスさまという模範に
自分の十字架を背負いついていく

自分の弱さの故にしてしまう全てを
神様の強さに置き換えて頂き
自分の全ての時間 思考 労力を
神様のために捧げる

それは 自分自身を削る時間で
敵の領地においては
卑下されるような生き方かもしれません

しかし もし敵がそれを
たくさんの誘惑や脅迫で
必死に止めようとするなら
それは 間違えなく
価値があることです

しかし 神様は強めてくださいます

間違えても敵に歓迎される
人にはなりたくありません

敵にとって最大限
嫌なやつでありたいと思います

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