神様が示された通りに愛を注ぐ

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引き続き りゅうくんの物語に
揺さぶりをかけられております

神様と出逢ってから こんなにも
長い時間 憤っているのも
初めてなのではないかと思いますが

しかし ある牧師さんの証を思うに
きっとこの憤りとは一生
付き合っていく類のもので
忍耐が求められているのだろうな

という思いもなきにしもあらずです

しかし問題はそこではありません

その憤りに便乗して敵が
更に火に油を注ぐようなことを
仕掛けてくるのがかなり鬱陶しく

そちらを相手にしないことは
物凄く重要なことだと痛感しています

ただの霊的なものであれば
出ていけ で終わるのですが
そこに人が絡んでくると厄介なのです

しかし そこに神様が明確に
忍耐するべき事柄と
関わるべきではない事柄とを
より別けてくださっている気がします

以前はそれでも相手に悪いし…と
思ってしまうことも多かったのですが

結局 踏み台にされる人というのは
それなりに聖からぬ思いを抱いている故に
敵の踏み台にされているのであり
その思いを向けられることがわかっていながら
わざわざ向き合う必要はないのだと
思うようになりました

互いに尊敬しあえる健全な関係を
築けないなら 距離を置くべきなのです

全てに忍耐しようとしたら
それはただの八方美人であり
神様以外にも良い顔をしている状態です

しかし 私がこのように思えるようになったのは
自分で言うのもなんですが 本当に
健全になってきた証拠だなと思います

心が健康になるにつれて
体も自然と健康になるようなものを
好むようになっていきます

そして 体に良いものを食べていると
何が良くて何が悪いのかを
知識においてではなく
自分の体の反応でわかるようになります

今 体に良い食事を中心にすることにより
心に溜まっていた毒素が
出ている時であるように感じますが

それは人間関係でも言えることだなと
最近やっと思えるようになりました

早く全部悪いものを出し切りたいです(苦笑

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