祈りにより文化をつくる

Pocket
LINEで送る

今日は 新しい職場の初日でした
丁度年末年始の一番忙しい時期で
営業さんたちは皆さん出払っており

実務の前に マニュアルを読みつつ
事務の人と色々なお話をする時間を
持つことが出来ました

また この日は朝からずっと
人のためにイエスさまに遣えるのではなく
イエスさまのために人に遣えるのだ

という思いが与えられていました

人のためにイエスさまに遣える というのは
人の必要を満たすためにイエスさまに
遣える姿勢のことです

誰かの必要(健康や仕事や経済や人間関係)を
どうか満たしてくださいと祈るときに
人の必要が満たされることを目的に
祈るのなら 人の必要のために
イエスさまに遣える姿勢となります

しかし それでは偶像の神に遣えるのと
何ら変わりがありません
必要が満たされるかどうかで

神を選ぶ という考え方は
自分を主とした生き方です

(神を選べると思っている時点で
自分が主体になっています)

偶像は 人の必要のために
作ったものですから 人が選べるでしょう

しかし真の神は 私たちが選ぶとか選ばないとか
そういう次元にはいらっしゃいません

神が 私たちを始めとした全ての
目に見えるものを創られ
そして 私たちをあらかじめ
選んでくださっていたのです

そしてその選ばれた者が
求めるときに 神様を知ることが出来て
求めるときに 神様が創造主であり
私たちの罪のあがないをしてくださったと
悟ることが出来るのです

そして 私たちの知る物理法則や常識など
遥かに超えた次元でこの地に干渉し
神様のご性質による御国の統治を
この地にも現そうとしてくださっている

私たちは 神様の救いのみ力を
見せて頂き 教えてもらい
体験させて頂き 信じるに至りました

そして自らの意思で そのみ力が
他の人にも及んでその人も
神様を知ることが出来るように
人に遣える者になることを選びました

それはイエスさまのなされたことであり
イエスさまの弟子となることを求めれば
弟子になることも出来るのです

人の必要のために神に遣えるのではなく
イエスのために人に遣える者になるのです

そんなことを思い巡らせながら
寝てしまったのですが 夢の中で
神様が示しをくださいました

それは 人々の祈りが文化を形成する
というものでした

地にはたくさんの文化がありますが
それらは皆 そこにいる人々の
祈りにより形成されていると
示されたのです

この事については 思うところはあります
書こうと思うと長くなってしまうのですが

軽く書くなら 確かにその土地に
自己中心や自暴自棄の人たちが
多く住むなら地は荒れるでしょうし

救われて喜び溢れる人が多ければ
その地は発展するでしょう

またイエスさまも 御国の到来を
主の祈りによって祈ることを
教えて下さいました

御名が崇められますように
御国が来ますように
御心が 天で為すように
この地にも為されますように

全ての祈りを この主の祈りの原則に
あわせて祈るときに力があることを
神学校で学びましたが

祈りが文化をつくるのだとすれば
祈り手は もっともっとたくさん必要です

それこそオセロのように
苦しみ嘆く人が喜ぶ人へ
恨み言を言う人が御国を求める人へと
作り替えられていくことこそ
御国への道程であると思います

Pocket
LINEで送る