2016.06.15-2チェ・アン牧師

なぜ日本が繁栄しているのか

1800年代、明治維新の時近代化が起こりました
そして西洋から軍隊などを学んだ
国々について学ぶため2人の学者をアメリカに遣わした
もう一人をドイツに送り、ドイツを模倣した
政府のシステム、交通のシステム・・・

日本が知らなかったのはアメリカもドイツも
リバイバルを体験する国だということ

リバイバルを通してそういったシステムが
整っていた そこから日本は学んだ

全ての国において御国の原則は働くということを学んだ

十一献金には祝福が働く
律法以前、400年も前からアブラハムは
十一という原則を守っていた

モルモンは神聖は知らないが
十一を守り祝福されている
御国の原則を守っている
急に言っているわけではなく
ハーバードの学者が研究していっている

リバイバルで祝福された国を
日本は模倣して祝福されている
しかし神は日本にリバイバルを与えたい

それは伝道的な伝道を通してではありません

私の国でも日本人に伝道する機会があったが
礼儀正しく話しにくい 世界一礼儀正しいと思う

1994年わずか1~2か月のころ
パサディナに留学にきている日本人が来た
彼女はクリスチャンだと思った
とてもワイルドな感じ 聖霊の激しい現れ
笑いなどがあった

笑いは大切です 笑いなくしてどうして
喜びが表現できるでしょう

御国は義と平安と喜び
だからもっと喜びを表していい

そのような集会だったから
未信者が来るとは思っていなかった

あきこさんという人でした
集会は気に入りましたか?と聞きました
とても礼儀正しく答えてくれた
話しているうちにクリスチャンじゃないとわかった
イエスに捧げませんかと聞いた
出来ないと答えた
父は神道の祭祀 母は仏教徒

祈っていいですか?ときくと
それは礼儀正しく良いですと答えました

触れもせず祈った

神よあきこさんにあなたを示してください
するとあきこさんは聖霊により飛ばされ倒れた
未信者でも上手くいくんだとわかった

15分間ずっと彼女は変わらず寝ていた
私は心配した 聖霊ではなく
気絶したのかと思った

大丈夫ですかと声をかけた
大丈夫ですと言った

あきこさん イエス様は表されましたか?
と聞きました はいと答えました

イエス様を受け入れますかと尋ねると
はいと答えました

うろこが落ちるような

伝統的な議論するような伝道は日本では役に立たない
しかし力と奇跡で主を伝えることはできる

信仰がいかに重要か

ローマ1:17
私たちは信仰によって生まれ変わりました

パウロ Ⅰコリ 信仰と希望と愛
愛なくして信仰と希望は働きません
へブル11:6にもある
信仰がなければ神を喜ばせることはできない

コロ1:10
主に喜ばれるふさわしい生き方をしたい

キリストを知る知識において成長したい
だから主にふさわしい、主の福音に
ふさわしい生き方をしたい
そのように生きたいなら信仰が必要

ルカ
私が戻っている時に
そのような信仰を見ることが出来るでしょうか

マタイ13:58
その町では不信仰のために奇跡が出来なかった

そのような話を聞くと
信仰によって生み出される雰囲気が
奇跡を生み出すとわかる

もし東京が不信仰ならイエス様でも
奇跡をそれほど起こせない

癒される人の信仰だけとは限りません
癒す人の信仰で癒されることもある

ヤコブ5章

ヤコブはイエス様の兄弟でした
ヨハネの福音書ではイエスの兄弟は
信じていなかったと書かれている
使徒の15章ではヤコブも使徒として認められた

ヤコブ5:13
クリスチャン生活はいつも簡単ではない
1984-94は非常に厳しかった
1993年ミニストリーをやめざるを得ない
後悔はない その間私の人格を整えられていたから

もし大変な時であるなら
ローマ5:3
私は私の患難をも喜びとします~品性~失望に終わらない希望

皆さんの態度は非常に大事です
否定的になるか、苦みを抱いたり
神に怒ったりするのか
その中であえて喜びを選ぶ
そのような状況においても喜ぶ
その状況を用いてあなたの品格を整えているから

貝が貝の中で準備されているようです
プレッシャーを受けて真珠に変えられていく

試練の時期を通らなければ
今このように皆さんの前に立っていない
どんな試練だったかは本を買ってください

ヤコブは患難にあるなら祈りなさい
喜んでいるなら賛美をしなさい
しかし病気の人がいますか、その人は・・・

試練や苦しみを病気と別と考えています
病気なら御心はあなたが癒されることです
それはいつもです
子や孫を見るとき病気になってほしくないです

私の子や孫が風邪をひくことも願いません
神は恐ろしいほどにすばらしく作られたと書いてある
自ら自然に癒されるように作られています

先日けがをしました
小さな切り傷でもとっても痛い時がある
しかし時間がたてば治ることはわかっています
神は私たちを治るように作られた

17年間インフルエンザに罹ったことがない
免疫は神により活性化している

いつも病気の人のために祈ると
彼らはくしゃみとかを私にかけてくる
でも神は私を守っている

3ヨハネ3章2節
魂が恵まれているように、健やかであるように
ただ恵みを受けなさいではなく健康であるように

神はお医者さんを与えてくださっています
彼らは神からの人類に対する贈り物です
死んだとしても究極的な癒しを体験します

私は2度天国を体験した
頭で考えだしたことではない
2002年に天国に行った
母が天国に行った数か月後でした
肝臓がんでなくなった
ワシントンDCに住んでいて
私はロスに住んでいた
よくお見舞いのため飛行機でいった
最後に会ったとき昏睡状態で
次に会ったとき天に召された

私が祈りの時間を持っている時
口から霊が抜けるような体験をし
母に会った

死んだ時70歳だったが20歳のように見えた
美しい20歳だった

彼女は私に、父のことをどう取り扱うか
教えたかったが出来なかったので
それを教えてくれた

私の父は8年間ひとりで生きていた

私が言いたいのは天国に行ったら
完全に癒されるということです

しかし医者、超自然的に癒したい

ヤコブ5:14
信仰の祈り、ここの場合は長老の信仰です
長老を呼んで祈るように書いてあるからです

オリーブオイルは薬の代わり、
やけどの時など使われた

ここ以外は聖霊の油注ぎのことをさす

聖霊が究極の医者です
今晩もイエス様がいます
信仰を持ってイエス様に触れて頂きたいと思います

聖書の原則に従うことが良いです

もし病気になったら
自分自身で祈ってください

17年間インフルエンザにかからなかったのは
全く症状がなかったのではなく
のどが痛かったらすぐ祈り
痛みに去るように命令する

もし病気になったらまず医者ではなく
牧師を呼んでください

中には医者に掛かり薬を飲み
末期になってやっと牧師に頼むことがある

ベテルにはそういう人がいる
ですがまずあなたがたは信仰の祈りが出来る
次に牧師を呼んでください

信仰による祈りは病を回復させます
私たちの教会でも牧師の祈りで多くの人が癒されています

救急医療室にその人の母はいて
大変な状況、2週間の命と言われていた
土曜日に病院に私を呼びました

アメリカでは牧師であっても
救急医療室に入れる

韓国人が入ってきたので
誰だ、家族じゃないとは入れないと言った
あまりに顔が違うので

私は彼女の牧師ですと言った
OKと言った ですが短時間にしてくださいと

素早く済ませてください
私だけが行きました
死の霊をしかりつけなさいという
主の語り掛けを聞いた

そして彼女を祝福した
聖書を読んだり長く祈ったりはしなかった

祈ったとき変化はなかった
娘さんに容体を伝えてと言って帰った
日曜、呼吸器なども外せたと連絡が来た
2日後、医者は何も悪いところは見つけられず
退院した 2週間後に死ぬと言われた人が!

神の声を聴いたので
必ず癒されると信じていた

他にも証はあります

本人の信仰で癒されることもある
福音書にはたくさんその例が書かれている
盲目の人や長血の娘がそうでした

ルカは医者なので詳しく書かれているが
医者に全てのお金を使った

ユダヤの人はこのような人は
隔離されて生きていた

しかしイエスの服にでも触れれば癒される
信仰はリスクを伴います

ペテロはイエスが湖の上を歩いているのを見た
来なさいと言ってくださいと言った
プロの漁師として海の事はよく知っていた
信仰により踏み出した
しかし分析を始める
こんな海の上を歩くのは無理だ
そう思ったとたんに沈みました

彼女はリスクを負った
群衆の中に入り服を触り瞬間的に癒された
そして神を賛美した

それで終わらなかった
イエスは誰が私に触れたのかと言われた

群衆が押し寄せてみんなが触れているのに

誰かが信仰をもって触れた

おそらくイエスは彼女を知っていて
見ていた 彼女は私ですと言った

イエスは彼女を責めたでしょうか?

娘よ、あなたはあなたの信仰が癒した
イエス様の信仰ではありません

イエスは今日皆さんの近くを歩きます
信仰をもってイエスに触れるなら
あなたは癒されます

どのように信仰は働くでしょう

算数のようです

信仰とは啓示+個人的な確信と行動
ローマ10:17
レーマ 啓示的な語り掛け

神の声を聞く

ローマ12章
未信者でも何らかの信仰の秤はある

しかし啓示の御言葉を貰った時の信仰には
特別な力が働く
黙示録19:10
イエスの証 預言の霊

知識の言葉を通しても進行が与えられます

多くの人が知識の言葉を聞いて
それは私のものだと思ったとき癒しが起きる
証を聞いても起きる

ロシアの集会で車の事故にあった人がいますと言った

私だと一人の女性が立ち上がり癒され
前に出てきて証した
大胆に証することは大事です
それがさらなる信仰を生むから

事故にあいヘルニアになったが癒された
と証した

そして家に帰った いつもバンドを
おなかにはっていた
手術の傷があったから
2回手術をした 大きな切り傷
毎朝それを変えなければいけなかった

縫い目の傷さえも消えていた
ピンクのかすかな線だけ残っていた
そしてステーシルキャンベルに電話した
寝ている時間に

信じられない!神様感謝します!

次の教会で前の晩で起こったその証をしました
12歳の男の子 大きな傷跡があった
6歳の時に家の中を走り回り額を傷つけた

醜い傷が顔にあったので
自意識を傷つけていた
その子を連れてきていた

お母さんは神が彼女の傷跡をとったなら
この子の傷跡もとってくださる

見たら傷跡はなくなっていた

帝王切開で子供を産んだ人
誰も見ないから気にしなくていいのだが
彼女は私のところに来て話した

私はそのような証を聞いたとき
もしかして傷がなくなっていないかな
と思ったら傷が消えていた

証を通しても伝わる

行動する必要がある

ウィスコンシンのある街にいた
ウィスコンシン大学という大きな大学

スプリンガー先生という
私のグループの方が牧会している

ミニストリーをして車を2時間運転
若い女の子や学生が車を止めた
右目の目のために祈ってくれ
生まれつき見えないんですと言った

その時点では、目のことで祈ったことはあったが
誰一人として癒されたことはなかった

この時、生まれつきの盲目の人のために
祈ったことはなく信仰はなかった

唾を付けて祈った

彼女は叫んでいった あなたの顔が見える
本当ですか!?と言った

私は信仰がなかったが
彼女に信仰があった

その教会に戻って奉仕をしたが
立派に目が見えています

啓示だけではなく個人的確信

へブル11:1
信仰は望んでいる事柄を保証し・・・

信仰は未来ではなく今、が大事です

望んでいる事柄を保証し
未来にあるものを今に取り込むのが信仰です

確信も必要です どういうことでしょう

まだ体験していない、見ていないけど
必ず自分のものになる 既に私に与えられたと
確信することです

マルコ11:22
祈り求めるとき、それを受けていると信じるなら
あなたはそれを受けます

見たら信じると世の人は言います

しかし御国は逆です
信じたら見ます

自分の事として受け入れる必要があります
今晩神様が腰の証をしましたが
それが起きると信じます
3つのうち1つを選べます

1.誰かのため、私のではない
2.腰が痛いなんて誰でもあるのでは?
3.神が私を癒してくださる!

3の人が癒される
消極的であってはいけません

右の肩が癒されると言ったら
自分のことだと思う

ヤコブ2:17
行ないのない信仰は死んだものです

ヨハネ福音書7分の5は行動したときに癒しが起きている
水がワインになる奇跡もそうでした

30ガロンというとても大きな水がめ
半日がかりだったかもしれない
しかもそれを料理長のもとに持って行かなければならなかった

信じたなら行動する必要がある

痛かったなら痛かったところを動かす

去年聞いた、その2年前に起こったこと
去年来た時私は車いすに乗っていた
骨や肝臓のがんで体中にあった
グレープフルーツ大の悪性腫瘍もあった
モルヒネをもらっていた
ステージ4 余命一か月と言われていた
しかし癒しの集会に連れて行ってと言った

何人かの人が車いすにいた
主が車いすからたち上がりなさいと語られた

娘に、立ち上がるのを助けてと言った
普段車いすから立ち上がるのはベッドに行くときだけだった

足に力を入れた瞬間癒された
トイレに行った
おむつをしていた
遠い場所のトイレに行く必要があったが
帰ってきたとき完全に癒されていた

余命1か月と言われていたが
1年たって今完全に元気です

知識の言葉を語る時
自分のことだと思って受け取って欲しい

ロシアに3年前に
モスクワの教会に行きました

メッセージをする前 神が目を癒していると思った

皆さん看板や本が見えなかった人は見てください
29人の人が癒されたと言って出てきた

糖尿病でほぼ盲目だった人
3年たったけどあの時癒されたという人がいる

行動 癒しについて試してみる必要がある

先月も息子からステージ3のがんが癒されたと聞いた
この教会にもミニストリーがあります
知識の言葉を語った後にミニストリーの人が祈りに行きます
私の方だけを見ないでください
使徒だけに伴うとか牧師だけに伴うとは書いてない

マルコ16:17
信じる全ての人に

超自然的な働きなくして日本にリバイバルはないと思う

乳がんが癒されたという証があった

パーキンソン病が癒されると言ったら
癒されましたと言った
病院に行かずになぜわかりますかといったら
震えが止まったと言った

日本の闇の世界にも癒しはあるかもしれない
占いや偶像崇拝がたくさん街にあった
それをポジティブに受け取るなら
超自然的なことを受け入れる土壌があるということ

最も大きなことは救いです
信仰とは
啓示+確信+行動=その結果は救いです

ローマ10:17

まだ救われていない人がいるかもしれない

教会に来ているけど
イエスにより生まれ変わったという
確信がない人がいるかもしれない

神から教会から離れていたという
人がいるかもしれない

天の父はあなたを愛して
ここに呼んでくださった

イエスは死んでくださった
あなたは地獄に行く必要はない

信仰告白の祈りをします

既に信仰がある人も励ましのために
共に祈ってください

信仰が後退していた人
今日初めて祈った人
離れていて戻りますという人
特にその人のために祈ります

病や痛みのある人は
胸に手を置いてください
信仰の良い戦いを戦ってほしい