降り注ぐみ恵み

最近ずっと感じていたことではありますが
今日は客観的にも それぞれの人が
その人の置かれるべき場所へと
導かれて配置されていっていることを感じました

また 自分にとっては凄く自然で
当たり前のように感じていたことが
決して当たり前のことではないことを
客観的に知る機会がありました

祈って貰った時に 今までと同じことを言われても
今までに感じたことのない 深い喜びと感謝が
溢れるような思いも与えられました

以前 他を見て羨ましいと思っていたものが
全て そこにありました

欲しかったものが 望んでいた以上の
高い水準で与えられたことを
実感することが出来ました

そんな素晴らしいみ恵みの中で
神様から繰り返し あることを語られました

それは 以前語られたことがある言葉と
意味合い的には同じだと思うのですが
ニュアンスが違いました
神様の方法に期待をする参照)

「あなたはどんな世界を望むのか」

以前語られた時は

世界が変わるなんていうことは
全く期待をしていませんでした

仮に そのように変わったとして
世界がどのようになるのか
全くイメージしていませんでした

誰もがイエスさまのように
自分の立場よりも神様への情熱に
燃える世界になって欲しい

これはある意味 叶ってしまいました
勿論 狭義においてです
とても狭い範囲での出来事で
このことが地を覆うには程遠いです

でも 私の置かれた境遇においては
そうなりつつあるのを実感しました

ですが それだけでは私が本当の意味で
望んでいる世界には足りないということに
今日 あることを通して気が付きました

ですから 神様はもう一度
どんな世界を望むのか ということを
語りつつ 私に望みを持つための
ヒントを与えてくださったのです

足りない と思っているものが
きちんと与えられている環境においては
どのようなことが起きているのか

それを とても具体的に
教えて貰う機会があったのです

それは

与えられた賜物に応じて
それぞれが それぞれの仕事をきちんとやる

ということでした

み恵みはそれにより互いに流れあい
全ての不足が補われるからです

今 自分の思いを超えたところで
何かが動こうとしていることを感じます

自分の思いに縛られて そのチャンスを
見逃すことがないようにと祈ります

(見逃したとしても それは降り注ぐのですけどね)

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